第8話 月夜の馬車

「ここは……」

 ドルゴン君が目を覚ました。



「もう大丈夫だよ、キミたちは魔物に襲われていたから、俺たちが保護したんだ」

「そっか。あっ妹は――アイラは大丈夫ですか」

 こんな時でも妹を心配する立派な兄だな。



「お兄ちゃん、よかったよおおお」

 アイラちゃんは目がさめた兄に抱き着いた。



「アイラ、よかった。ケガはないか?」

「冒険者のお兄ちゃんとお姉ちゃんが助けてくれたから大丈夫だよ」

「そっか、ありがとうございます」

 このドルゴン君もかなり礼儀正しい子だ。まだ、10歳くらいだろうに、しっかりしてるな。



「どうして、あんな危険な森にふたりで行ったの?」

 ナターシャは厳しい声色で問いかけた。



「お母さんが病気で倒れてしまって――あそこの森に生えている薬草が、その病気に効くって、お医者様が言うから――でも、大人の人は誰も危険で近づけないし。お金があれば冒険者さんに依頼できるけど、うちは貧乏だし――」

「だからって、大人でも危ない場所に、子どもふたりで行っていいわけないでしょ。私たちがたまたま、通りかからなかったらふたりとも、あのクマの魔物に殺されちゃったかもしれないんだからね。そんなことになったら、病気のお母さんがひとりぼっちになっちゃうでしょう? そういう時は誰でもいいから近くの大人の人にしっかり相談するの。そうすれば、ギルドに相談してくれて、格安で冒険者を紹介してくれる制度だってあるんだからね」

「はい」

「ごめんなさい」



「おい、ナターシャ。今日はそれくらいに――」



「まったくもう。反省したなら、お説教は終わり」

 おれが止めるまでもなく、ナターシャは怒りの表情から、急に聖女モードに切り替わった。泣きながら謝るふたりを優しく包み込む。

「ふたりとも、怖かったよね、痛かったよね。もう大丈夫だよ。お姉ちゃん、こう見えても結構有名なお医者さんだからね。お母さんのことも治してあげるよ。お腹空いていない?」

 まったく、無理して説教しやがって。こっちが本音だと言うのは、彼女の目を見ていればわかる。すこし潤んだ目元が、灯りに反射してきらりと光っていた。



(本当に聖女みたいだ)

 彼女の優しい表情に俺は少しだけ見とれていた。



 ※



 ナターシャが二人の様子を見ている間に、俺は教えてもらった二人の住んでいる村に向けて馬車を走らせる。



「センパイ、お疲れ様です」

「ああ、ふたりとも大丈夫か」

「はい、緊張が解けて、寝ちゃいました」

「そっか」

「はい」



 ナターシャは少し恥ずかしそうにしている。かわいそうだから、あまりそちらにツッコまないようにしてやる。



「センパイ、ありがとうございました」

「なにがだ?」

「さっきのデスベアーの戦いのことです」

「ああ、気がついていたんだな」

「はい」



「最初の一撃は、自分にヘイトを集めるためだったんですよね。そして、私たちとは反対側に移動して、魔物の攻撃が私たちに来ないように工夫してくれてました」

「バレちゃうと恥ずかしいな。いくらナターシャでも、治癒魔法発動中は、無防備だからな」

「やっぱり、先輩はすごいです。でも、どうしてもわからないことがあるんです。どうして、魔法剣は弾かれたのに、デスベアーは火に包まれたんですか?」

「ああ、あれはな。俺とニコライが作った火炎斬の応用で、剣に魔力を普通の2倍以上流しこんでいるんだ」

「えっ? でも、そんなに魔力をこめたら暴走しちゃうんじゃ、――そっか、だからか」

「そう。あの攻撃は二段重ね。普通の火炎斬が弾かれたとしても、飽和している魔力は斬撃の衝撃で敵の周囲に膜みたいなものを作る。それは、火炎斬の影響で、火属性が込められているから、暴走した魔力によって簡単に発火する」

「魔獣系の魔物の共通弱点は火属性ですもんね」

「そう、だから、あの技を繰り出してしまえば、直撃しようが弾かれようが魔獣系の魔物はチェックメイト。剣士マンガであっただろ。隙を見せぬ二段構えってやつだ」

「冷静に戦況を見通せる抜群の状況判断力。瞬時に最もリスクが低い状況を作り出す戦闘IQ。魔力の暴走ですら、計算に入れてしまう抜群の戦闘センス。先輩って本当にS級冒険者なんですね。少し感動しちゃいました」

「なんだよ。信じてなかったのかよ」

「違いますよ」

 ナターシャは優しく首を振った、キレイな金髪が宙を舞った。



「惚れ直したんです。学生時代からの、私のヒーローはやっぱり、素敵だなって」



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