第7話 決戦

ふぅ、いっぱい取れましたね」

「ああ、でも毒キノコみたいなものもあるけど、いいのか?」

「そのキノコは、特殊な加工をすれば、薬になるキノコなんですよ。麻酔薬に使われていたりするので、医療用ですね」

「おまえ、資格とか、本当に大丈夫だよな?」

「あたりまえじゃないですか~ こう見えても、A級神官ですよ~ B級以上の神官職は、無試験で医師免許もらえるのは常識じゃないですか~」

「俺から見れば、マッドサイエンティストに見えるけどな」

「え~、そんなこと言ってると、媚薬びやく作って先輩に盛っちゃいますよ~」

「ひぃ」

「冗談ですよ。さすがの、私でもそんな薄い本みたいなことはしませんから、安心してください」

「薄い本ってなに?」

「あー     一般人は知らなくていいことです」

「なんだよ、その長い間は――って、あれ?」

「どうしました?」

「いや、なんか悲鳴みたいな声聞こえなかったか――」

「えっ、ホントだ。向こうの方です。行ってみましょう」


 俺たちは、茂みの奥に入る。そこには、ふたりの子供がいた。男の子と女の子。男の子の方は、腹部からかなりの出血がある。早く手当てをしなくてはまずい。

「おい、どうした」

 俺が慌てて、子どもに近づこうとするとナターシャの細い手に遮られた。

「待ってください、先輩。あっちの茂みに、大きな魔物が……」

 ナターシャがそう言うと、茂みからは巨大なクマ型のモンスターが現れた。


「あれは、デスベアー。B級クラスの魔物じゃないか」

「もしかしたら、子どもたちは知らず知らずのうちにあいつのテリトリーに迷い込んで襲われちゃったのかもしれませんね」

「じゃあ、あの傷は…… くそッ、ナターシャは子供たちの手当てを頼む」

「もしかして、先輩…… ひとりで戦うつもりですか? デスベアーは腕力がすごく強いんですよ。A級の戦士でも一撃を喰らえば、ひとたまりもありません。いくら先輩でも、危険すぎます」

「安心しろ。伊達に、S級やってないから、さ」


 そう言って、俺は後輩が止めるのを振り切って、デスベアーに切り込んだ。


「もう、先輩はっ。言うこと聞かないんだから」

 ナターシャも加勢はあきらめて、子どもたちの保護に動く。これで一安心だ。少なくとも、治癒魔法であいつに敵う奴なんて、この世界にはほとんどいないのだから。


「ぎゃあああおおうす」

 クマが俺の突進に気がついたのか、威嚇の咆哮をあげた。だが、この程度の威嚇なんて、魔王軍の幹部クラーケンのそれと比べたら、ヒーリング音楽だ。


 本来ならば、デスベアーは遠距離から魔法攻撃で対処することが定跡。だが、魔法攻撃をするにはもう、距離を詰められすぎている。ならば、一撃で強烈な物理攻撃を決めて、敵を処理するしかない。


 俺は全力で剣を振るう。


 生物の急所である眉間に、突き立てられた刃は鈍い音をして弾かれた。


「なんていう、石頭だよ、こいつ」


 デスベアーは、ひたいから青い血を流しながらも、抵抗を続けた。空気を切る音が周囲に響く。


「あぶねぇ、かすった」

 鎧の肩当てが粉々に砕け散っていた。伝説の防具ではないが、市販品でも最高級の鎧の一部がこうもあっさり砕け散るとか…… どんな怪力だよ。本当にパワーだけなら、魔王軍の幹部に匹敵する。


 そして、先ほどの攻撃で分かった。俺レベルでも普通の物理攻撃では異常に発達した筋肉と骨によって簡単に防がれてしまうということが。この事実から察するに、接近するのは本当にリスクが高い。


 だからこその魔法攻撃なんだが、それは詠唱時間の問題で、この距離では無理だ。


 なら、どうするか。

 方法はひとつしかない。


 俺の剣に、魔力をこめる。魔法戦士と勇者だけが使える魔法剣というスキルだ。これなら、物理攻撃と魔法攻撃の中間にあるものなので、おそらくあの怪物にもダメージが通るはずだ。


「ニコライと一緒に特訓した技が、こんなところで役に立つとはな」

 火炎斬ファイヤーブレード


 剣に魔力をこめることで、周囲の空気を巻き込んで、火炎を引き起こす魔法剣だ。本来なら、炎と剣によってダブルのダメージを与えるところだが、俺たちの技にはもうひとつ工夫があった。


「先輩、危ないっ」

 ナターシャが叫んだ。デスベアーは猛烈な突進で、俺の首元に爪を突き立ててくる。


(狙い通りっ!)


 俺の剣技の本質はカウンター。世界屈指の剣の使い手である勇者ニコライ、戦士ボリスとまともに戦っても勝てない弱者だった俺が考えたのはただひとつ――


 最も無防備になる相手の攻撃の後を狙うこと。


 デスベアーの拳をかわす。攻撃に失敗した奴はバランスを崩した。

 そして、俺は、もう一度あいつの額に向かって剣を振り下ろす。


 だが、鈍い音とともに、剣はまたもや弾かれた。

 デスベアーは俺に野生の本性を見せる。


 あいつは勝ちを確信している。だが、剣は陽動だ。


(弾かれることも、また、狙い通り)


 俺たちの火炎斬は、隙をみせぬ二段構え。

 たとえ、弾かれたり、防がれたりしても、もう一つの狙いがある。


「そもそも、剣の達人同士の決闘は、たいていの攻撃は弾かれる。だから、弾かれた後にどうするかが大事なんだよ」だったな、ニコライ?

 俺は変わってしまった旧友のことを考えながら、デスベアーをにらみつけた。そろそろ、時間だ。俺がにらみつけると、デスベアーの体は突如、炎に包まれて、怪物は苦しみながら、地に伏していく。


「どうして――先輩の剣は防がれたはずなのに…… なにが起きたのか、まるでわからないわ。これが世界で20人しか存在しないS級冒険者の本気ということ?」

 ナターシャがいつもの口調を崩して、驚いていた。


 ※


「ナターシャ、子どもたちは大丈夫か?」

 俺は魔物が完全に動かなくなるのを確認して、3人に近づいた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 女の子は、妹なのだろう。兄を心配しながら、必死に声をかけている。


「大丈夫だよ。とりあえず、治癒魔法で、傷は塞いだので、命に別状はないはずだから。ただ、酷い出血だったので、この子が歩けるようになるまでには、少し時間がかかります。先輩? この子たちを親元まで届けないとですよね」

「ああ、こんな危ないところに、子どもふたりは放置できないからな。とりあえず、馬車までこの子を運ぼうか?」

「お願いします。馬車なら、薬もあるのでもう少しまともに治療できるはずです」

「よし、じゃあ、男の子は俺がおぶるよ。女の子は、歩けるかな?」

「は、い。お兄ちゃん、お姉ちゃん、助けていただき、ありがとうござい、ました」


 女の子は泣きじゃくりながらもうなずいた。逃げ回ったせいなのか、ところどころに擦り傷がある。あんな凶悪な魔物に襲われたのに、これだけで済んだのはある意味、不幸中の幸いだったな。


「よしよし、小さいのに、礼儀正しい子だ。俺たちは、アレクとナターシャ。冒険者だ。俺たちが責任をもってふたりとも送り届けてあげるからな。だから、もう泣くな、なっ」

「は、い」


 馬車まで歩く道中に、ふたりの名前を聞いた。男の子は"ドルゴン"、女の子は"アイラ"という名前で、この近くの村に住んでいる兄妹だった。


 馬車に二人を運んで、ナターシャは薬草と毒消し草をふたりに与えた。


「どうして、毒消し草も?」

「ふたりともり傷があったので、もしかするとばい菌が体の中に入ってしまったかもしれません。そういうのは、後から重篤じゅうとくな症状を引き起こしたりしますからね。念のためです」

 ナターシャは、いつもの砕けた口調を完全に捨てて、仕事モードだ。


「さすがだな」

「それに先輩もです。薬草くらい飲んでおいてくださいね。かすったとはいえ、デスベアーの攻撃をまともに受けたんだから、あざくらいできてますよね?」

「さすがの、洞察力です、ナターシャさん」

「まったく、カッコつけるのは、ベッドの上だけにしていてください」

「いや、子どもが聞いているのに、なに言ってるの!?」

 俺が、そうツッコむと、ナターシャは不機嫌な顔になる。


「まったく、私が先輩をどれだけ心配したと思っているんですか。ひとりで突っ走って、デスベアーに接近戦挑むなんて非常識です」

「ごめん。でもさ、ドルゴン君、すごい傷だったからさ…… むやみに動かさないようにあそこでナターシャに治療してもらわないとまずいって思ったら、体が勝手に動いちゃってさ」


「そう言うことだろうとは思いましたけどね。私だって、家族パーティーなんだから、協力すれば最初の一撃で倒せたかもしれないじゃないですか。私だって補助魔法を使って、魔物の動きを制限したりできるんですからね」

「悪い。心配かけて、本当にごめん。でも、ナターシャがいなければ、俺だけじゃこのふたりは助けることができなかったよ。ありがとうな、ナターシャ。今度から、もっともっと頼りにするから、


 俺がそう言うとナターシャの顔は真っ赤になった。


「そういうところですよ、先輩のバーカ」

 彼女は、少し照れて、いつもの口調に戻っていた。

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