第9話 天才
「ありがとうございました、本当に何と言ったらいいのか……」
ふたりを村に連れていくと、村中のひとたちが俺たちを歓迎してくれた。
特に、兄妹の叔母さんからは本当に感謝された。
「あんたたちになにかあったら、お母さんになんて伝えればいいのかと思っていたの。ありがとうございます、本当にありがとうございます」
「それでね、叔母さん。実は、このお姉ちゃんが有名なお医者さんでね、話をしたらお母さんのこと見てくれるって」
「えっ、でも有名なお医者さんに診てもらうなんて、お金が足りないんじゃ……」
「気にしないでください。若輩者ですが、私も一応、神に仕える身です。困っている方がいたら、助けなくてはいけません」
「本当にありがとうございます。せめてお名前だけでも」
「ナターシャと申します」
「ああ、ナターシャ様。どうぞこちらです。せめて夕食くらいはご用意しますので、どうか食べていってください」
「ええ、喜んでご相伴にあずかりますね」
おい、どうしたナターシャ。俺の時とは態度がまるで違うぞ。知ってたけど。
俺たちは二人の母親のもとを訪ねた。
簡単に状況を説明すると、母親は泣きながら我が子を助けてくれたことにお礼を言ってくれた。
そして、ナターシャの診察が始まった。
「足のむくみがすごいですね」
「ずっとこんな感じで、最近は歩くに歩けなくて」
「もしかして、どこかにしびれとか、突然、胸が苦しくなったりしませんか」
「はい、たまにあります。この村でよく似た病気で亡くなる人が多いんです。ナターシャ様、私も死んでしまうのでしょうか」
「やっぱりそうですか。この病気に似た症状を私は治したことがあります。だから、安心してください。すいません、少し魔法をかけさせてもらいますね」
「お願いします」
ナターシャは小声で詠唱をはじめる。全身の体の働きを調べる魔法だ。最高位の神官クラスしか扱えない難解な詠唱の解釈とそれについての理解が必要で、これが使える医師は世界でも一握りしかいないと前に本で読んだことがあった。患者ごとに微妙に使わなくてはいけない詠唱が変わるため、使いこなすためにはとんでもないほどの魔力理解力とそれを可能とする容量が必要になる。
「やっぱり、心臓が少し弱っていますね。この村の主食は、もしかして白米ですか?」
「はい、ここは水が豊富で、脱穀技術も進んでいるので基本的に白米しか食べません」
「そうですか。おそらくなんですが、お母様は、ヴァーヴィーという病ですね」
「ヴァーヴィー?」
「はい、栄養不足から発症しやすい病気です。特定の栄養素が不足してしまうと発生してしまうんです。対策としては麦などをしっかりとることなんですが、この村では麦は作っていませんよね。念のため私のほうでも薬を処方しておきます。今後の食事では白米だけでなく、玄米を併せて食べるようにしたりしてくださいね。もし可能なら、豚肉なども食べるといいんですが」
「それで、お母さんは治るの? お姉ちゃん……?」
「大丈夫よ、アイラ。お母さんの症状はそこまで悪くないから、薬を飲んでちゃんとご飯を食べればすぐに良くなるわ。ちょうど、馬車に材料が積んであるから、薬だってすぐに作れちゃうんだから。いま持ってきますね。先輩、荷物持ちお願いしますね」
「ああ」
「薬ってそんなに簡単に作れるのか?」
「はい、同じ症状が難民キャンプでも、問題になったことがあるので、私も実際に作ったことがあります」
「すごいな、おまえ」
「難民キャンプや野戦病院での経験は本当に活きますよ。なにもかもが制限された状況で、人を助けないといけませんからね。さっき先輩と採ってきた薬草が大活躍します。あった、あった、このガーリックです」
「あの、におうやつだな」
「これを粉末にして、でんぷんで作るカプセルに包む加工をすればにおいも結構収まるんですよ。あとは、村長さんからいただいてきたこの豆と、保存食として持ってきていて先輩に氷魔法で冷凍してもらっているベーコンを食べれば不足している栄養分はカバーできると思います」
ナターシャは手際よく薬草を処理し薬を作ってしまった。
「ドルゴン、アイラ、大丈夫か? 儂がよく効く薬があの森にあると言ってしまったせいで、怖い思いをさせてしまったな」
一人の小太りの優しそうな紳士がやってきた。どうやら、彼らの母親を最初に診察した村医のようだ。
「はじめまして、村医をさせていただいているベールと申します。今回は、ふたりを助けていただき本当にありがとうございます」
「私は、ナターシャと申します。若輩者ですが先生の診断を引き継ぐ、ご無礼をお許しください」
「いえいえ、あなた様のうわさはかねがね聞いております。所詮、私は田舎の医者です。あなた様のような、世界的名医の診断を拝見できるだけで、幸せというものです」
「もし、おかしな点などありましたら、遠慮なくご教授ください」
「おそれ多い」
「先生は、やはりお母様をヴァーヴィーだと思っていたんですね」
「はい、確証は持てませんでしたが、症状からすればそうに違いないと思っておりました」
「私の解析魔法でも、同じ見解です。ベール先生の診断があったからこそ、すぐにわかりました」
「やはり、うわさは本物なんですね。この若さで、解析魔法とは――恐れ入りました」
「お恥ずかしい。実は、東の大陸でこの病気の原因が特定の栄養が不足することから発症することが分かったんです」
「なんと……」
「脱穀していない穀物や豚肉、海産物に多く含まれている栄養素が特効薬のような働きをしてくれるのです」
「では、この村で、この病気が多いのは……」
「農業生産力が高いことが逆に
「ああ、あなた様は本当に救世主のようだ。村長とともに、皆にそのように指導させていただきます」
「お願いします。私も彼女が安定するまではこの村にとどまりたいと思いますので、ベール先生、助けていただくことは可能でしょうか?」
「もちろんです。何なりとお申し付けください。私もあなたの技術をできる限り勉強したいです」
「ベール先生、ナターシャお姉さんはやっぱりすごい方なのですね」
ドルゴン君は、先生にそう聞いていた。
「すごいも何も、ナターシャ様は、医学界では、100年に1度の天才とよばれている才女じゃよ。こんな田舎でも彼女の働きは新聞で伝わってくる」
俺たちとベール先生以外の人間が驚きで凍り付いた。後ろに控えている村長や村の長老まで固まってしまった。
「もしかして、同じ名前だと思っていたんですが、あなた様は現代の聖女と呼ばれているA級冒険者のナターシャ様でいらっしゃいますか?」
「そう呼ぶ人もいらっしゃいます」
「「「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」」」」」
どんだけ人気なんだよ、ナターシャ。
「あの東の国の難民キャンプに降り立った天使様?」
「言いすぎです。少しだけお手伝いしただけですから」
「いくつもの伝染病の原因を解明したというあの伝説の名医様?」
「チームのみんなが助けてくれたからです」
「「「「「本物だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」
「ナターシャ様、ちなみに隣にいらっしゃるのは、どちらさまですか?」
ナターシャ様は、にっこりと笑って俺のことを紹介し始める。なんか嫌な予感がした。
「申し遅れました。今、私とパーティーを組んでいただいているS級冒険者のアレクです。私の婚約者です」
(おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい、ナターシャああああああああああああああ、最後に爆弾持ってくるなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお)
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