第3話 知っている天井

「頭いてぇ」

 俺は、二日酔い状態で目が覚めた。

 いつもの宿だ。ナターシャと飲んでから記憶が曖昧だが、帰巣本能だろうか。

 どうやら、ニコライたちがよく使う宿をそのまま使ってしまったようだ。


「やばいな。ニコライたちとばったり会ったら気まずすぎる」

 頭をかきながら、布団をどけると、左手にやわらかい感触があった。


「えっ」

 もう一度、触る。それは、弾力があって、ハリがある。まさか……


「あっ、先輩起きましたか? おはようございます」

 半裸のナターシャがそこにいた。背中に冷や汗が滝のようにでてきているのがわかる。これは、やばい…… 完璧にやってしまった。酔った勢いで、後輩(神官)に手を出してしまった。これは、完全にギルティ……


「まったく、先輩ったら、あんなに飲むからですよ。ここに運ぶの大変だったんですからね」

「ごめん」

「それに、あんなに激しく…… 私、だったんですよ」

「えっ、やっぱり」

 血の気が引いていく。完全に責任問題だ。


「だから、責任、とってくださいね?」

「はい、なんでもします。だから、訴えないでください。お願いします」

 俺は必死に謝った。


 そんな様子を見て、ナターシャは笑い出した。


「えっ?」

「ごめんなさい。先輩が完全に勘違いしていたので、ちょっとからかっちゃいました。だって、おもしろいんですもん」

「はぁ?」

「あんなに。私は、

「はかったな、ナターシャああああああああああああああああああああ」

「悲しいけどこれ、嘘は言っていないんですよね」

「くそおおおおおおおおお」


「でも、先輩? 今、何でもって言ったよね」

「あっ」


 言いました。本当にごめんなさい。


「じゃあ、私のお願いを聞いてください」

「ハイヨロコンデー」


 どんな厳しいお願いが出てくるのだろうか。はたして、貯金で足りるのかな。びくびくしながら俺はナターシャの次の言葉を待った。


「私とパーティーを組んでください」

「えっ?」


 予想外の言葉に、俺は黙ってしまう。


「実は、私も、いろいろあって、ソロなんです。だから、かわいそうな先輩のために、私が近くにいてあげますよ。私と家族パーティーになってください。一緒に、世界を歩いてください。そして、あいつらを見返すほどの冒険しちゃいましょうよ」

「ナターシャ」

「先輩、学生時代、いつも言ってたじゃないですか。大冒険して、S級冒険者になりたい。そして、いつかは、その上の伝説レジェンド級冒険者になってやるって」

「ああ」

「でも、先輩は、まだその夢の途中ですよ。諦めちゃうんですか、自分の夢? そんなに簡単に諦められる夢、なんですか?」

「……」

「たぶん、ニコライさんたちと比べちゃうと、実力不足だと思います。あのパーティークラッシャーと比べても、私はまだまだ、足りません。でも、先輩の夢を誰よりも応援することは、できます。私は、絶対にあなたを裏切りません。だから、だから、私と家族になってください」

 ナターシャは、小動物のように震えていた。彼女なりに勇気を出したんだろう。


 俺は、そんな後輩の勇気にしっかりこたえなくてはいけない。


「ああ、これからよろしくな。ナターシャ」


 そう言うと彼女の顔は、とても明るくなった。


「よろしくお願いします。先輩」


 俺たちの手は繋がれた。これからもずっと繋がれることを信じて。


「じゃあ、私、自分の宿に、荷物取ってきますね」

「おい、ナターシャ。そんなカッコで、部屋の扉を開けたら――」

 

 俺の忠告を聞かずに、ナターシャは勢いよく部屋の扉を開けてしまう。

 そして、運悪くそこにはニコライたちがいた。


「パーティ追い出された腹いせに、女連れ込むとか」

「不潔」

「さすがに擁護できないぜ、アレク」


 ナターシャは静かに扉を閉めた。


「これで、私たちの既成事実を見せつけましたね」

「なるか、ばーか」


 ※


 荷物を取ってきたナターシャと合流して、俺たちはこの街の冒険者ギルドに向かった。

 パーティを組む場合は、冒険者基本法に定められた通り、ギルドに申請が必要なのだ。冒険者間のトラブル防止のため、パーティの掛け持ちは原則不可。よって、俺は、ニコライたちのパーティーを抜けるための申請も必要になる。


「手続きめんどくさいな」

「しょうがないですよ。それが冒険者の義務ですからね。下手に違法冒険でもしたら、いくらS級の先輩だって厳罰ですよ~」

「知ってるよ、言っただけだ」

「あと、私、大事なこと、先輩に伝えていません」

「えっ?」


「さっき、先輩が勘違いしたようなことは、ちゃんとムードを考えてからにしてくださいね」

「しねぇよ、ばーか」

「先輩は、からかい甲斐あるな~ そういうところも、大好きですよ」

「お前は、学生時代からいっつもそうだ」

「だって、センパイがおもしろいからですよー」


 ふざけているように見えるナターシャだが、学生時代の成績は主席クラスだった。本人が希望すれば、簡単にどこかの王国に仕官して、エリート官僚の道だってあったはずなのに。こいつは、俺を慕って、冒険者になってしまった。


 各国のスカウトが何度も足を運んでいたのに、だ。

 彼女の決定は、世界的なニュースになったくらいで――


 そして、神官としての実力・実績も申し分ない。

 たしかに、腕っぷしは俺たちには敵わないが、治癒魔法や医術の分野においては、"天才"だとか"若き権威"だとか言われていると昔、新聞には書かれていた。


 たしかその時に書かれていたナターシャの経歴はこうだ。


・南の大陸の流行り病"マラリウス"の原因が、モスキートという害虫であると解明

・東大陸の難民キャンプに足を運んで、負傷者や病人の治療に当たり、ウーラン王国と連携し、難民が無料で医療が受けられる制度を確立

・3年前の魔王軍との"バル"攻防戦でも、後方支援要員として応援に来てくれて、野戦病院で医療チームを率いる


 戦争や最前線での華々しい活躍が少ないせいで、S級の審査は通っていないが、間違いなく世界屈指の神官。民衆からも人気があり、ついたあだ名は現代の"聖女"様だ。容姿・成績ともに抜群で、学生時代もファンが多かった。


 しかし、痴女ちじょである。


 この要素は、親しくなった奴にしか見せないので、みんな勘違いしている。だが、さっきのベッドもぐりこみ事件をみてもらえば分かるが、こいつも天才のさがなのか、思考がかなりぶっ飛んでいる。


 真面目な場においては、とことん真面目な仕事人間なのに、プライベートは完全にポンコツなのだ。

 よく、ソロ冒険者で今まで無事にやってきたものだとある意味感心する。


「ねぇ、先輩?」

「どうした?」

「他の人からみたら、私たちデートしているように見えませんかね?」

「はぁ」

「なんですか、そのつまらない反応は? 私と一緒に街を歩くなんて、ファンが聞いたら闇討ちされますよ」

「あいかわらず、物騒だな」

「大丈夫ですよ、先輩が怪我したらすぐに治してあげます」

「ケガする前提かよ」

「ハハ、その反応懐かしいな~」


 学生時代に戻ったような会話だ。昨日までの悲壮感がどこかに行ってしまった。


「ありがとうな、ナターシャ」

 俺は思わず本音を伝えてしまった。


「えっ、なんだって~」

 こういう奴である。


「絶対に聞こえただろ。お前は大事な時に、いつもそうやって逃げる」

「逃げてないですよ~ 聞こえなかったんだから、大きな声で言ってください。私への感謝の言葉を」

「聞こえてるじゃねーか。本当にお前は、官僚のスカウトが来たときに「私のフィールドは、世界です」と答えたのかよ。俺には、そんな要素一つも見せないくせに」

「あっ、言っちゃいます。それ、言っちゃいます~ 私の黒歴史、そんな大声で言っちゃいます~」

「黒歴史なのかよ!?」


 ※


「ねぇ、ニコライ。あんな馬鹿たち置いていって、早く行きましょうよ」

「ああ、エレン。お前の言う通りだったな。あんな奴、追放して正解だったぜ。俺には、お前だけしかいないんだからな」

「もう、ニコライったら。かわいいんだから~」

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