思い出のうどんとそば
鈴ノ木 鈴ノ子
おもいでのうどんとそば
夫婦とはどういうものだろう。
山間部の舗装された道をバイクでゆっくりと走りながら、ふとそんな考えが過ぎる。久しぶりに夫婦水いらずでツーリングを楽しむ予定だったが、早朝、些細なことから妻と喧嘩をしてしまい、私は家から逃げ出すように1人で愛車に跨って、静かなる怒りの湛える妻をそのままに抜け出してきたと言うわけだ。
「情けない」
独り言を呟いて私はアクセルを握るとギアを変えて速度を上げた。
色彩豊かな景色だと言うのにそれには目もくれず、速度を上げていくと少し先にあるコンビニが目に入った。
「少し休もうかな」
コンビニの駐車場に入り愛車を止めると、ジェットヘルメットのシールドを上げた時のことだった。
眩しいあかいろが目に飛び込んできた。風に吹かれて飛ばされた紅葉の葉がちょうど私の片目に被さったのだ。思わず手で払い除けると、そのままくるくると舞い落ちてまるで座席に座るかのように優雅にシートの上にその身を置いた。
「本当だったら2人できたのになぁ」
そう言いながら付近の山々を見上げれば、その色彩に目を奪われる。それは色のお祭りだ。山々が挙ってその身を鮮やかな色で着飾り、そして見せ合っている。所々に杉林だろうか、針葉樹のみどりがアクセントのように色と色との間を保つ。
ああ、そうだ、妻との出会いもこのコンビニだったと10年も経っていないのに思い出した。
あの頃の私はバイクにバイト代を注ぎ込むお馬鹿な学生で、彼女は稼ぎのほとんどを愛車に注ぎ込んで趣味に生きる現役の会社員だった。
「素敵なあかいろね」
バイク乗りを少し軽蔑したような言い回しに聞こえた。現にレッドをあかいろと言うところが憎らしい。
「そっちこそ、素敵なみどりいろだ」
やり返すように彼女のオープンスポーツカーのグリーンをそう言ってやる。
その後はやられたらやり返すの押し問答でもするように会話をしながら、それがどうしてか短い時間に楽しい会話へ変わっていって、いつの間にか互いに仲良くなっていた。
「冷えてきたわね」
私も妻も駐車場の端にバイクなり車なりを止める癖がある。
店の前に停めることなどトイレに駆け込む以外にしたことはない。店の前は年寄りと家族連れと障がい者の方など必要とする方が停めれば良いと言うのが私達の一致した考えだ。
「ちょっと待ってなよ」
何も考えていないバイク馬鹿の学生小僧はその寒そうな姿を見て、思い立ったようにコンビニへと駆け込んだ。しゃべっている内に小腹も減ってきていたので、吸い寄せられるようにカップ麺コーナーへと向かう。麺づくりや正麺などのラーメンの脇にそれはあった。
「そういえば、こんなこと言いやがったな」
赤いきつねのあかいろを見て彼女の最初の一言を思い出し、その隣にあった緑のたぬきで自分の言った一言も思い出した。思わず両方を手に取ると、暖かいお茶2本とともにレジで支払いを済ませて、脇にあるポッドのお湯を頂いて2つを作って彼女の元へと急いだ。
「遅かったわね、帰っちゃおうかと思ったわ」
彼女はそう言って御立腹だったが、どことなく本心でないことは読み取れた。
「どっち食べる?」
「普通はコーヒーか紅茶じゃないかな?」
そんな悪態をつきながらも、彼女は愛車の色と同じ緑のたぬきを指差した。それが可笑しくて私はクスクスと笑いながら差し出すと、白くて美しい手がそれを受け取った。
「ねぇ、悪いことをしている気分だわ」
「駐車場だしねぇ」
運転席に腰掛けてドアをオープンにした彼女がそういうと、相対するように止めているバイクのシートに軽く腰をかけて相槌を打ちながら容器の蓋を取る。出汁の匂いとお揚げが食欲をそそり、箸で軽くかき混ぜてうどんを音を出さぬように啜る。彼女の方も蓋をめくると、箸で天ぷらを突いてからつゆを一口飲んだのちに蕎麦を食べ始めた。
ちょうど日が翳る頃合いであって、落ち行く陽の光で当たりが黄金色に染まり始めると、山々の木々も自然の黄金色に染まって、まるで風景のゴールデンタイムとも言うべき至福の時間をお互いにお腹を満たしながら過ごしたのだった。
その後は、お決まりのルートというやつで結婚し今に至り、そして喧嘩中である。
「ほら」
唐突に妻の声が後ろから聞こえた。
「え!?」
振り向くと妻が立っていた。手には赤いきつねを持っている。反対の手には緑のたぬき、あの頃に買ったもの同じものを持っていた。もちろん、隣にはあの愛車のみどりいろのオープンスポーツカーがある。こいつはハイブリットだからバッテリー駆動にされると音がなくて分かり難い、多分、そうやってソロソロと近づいてきたのだろう。
「逃げやがったから追っかけてきたんだけど、景色見てたらどうでも良くなっちゃった。それにボーッと景色見てるあんたを見てたら、出会った時のこと思い出したから、買ってみた」
「今朝は、本当にごめん」
赤いきつねを受け取りながら、私は軽く頭を下げて謝った。
「ばーか」
そういってから、出会った頃と同じように座席に座って緑のたぬきを食べ始めた妻を見ながら、私もあの頃と同じようにシートに軽く腰を掛けて蓋を取った。
あの頃と変わらない出汁の香りが漂い、申し訳なさと、妻の優しさで、涙腺が、緩んだ。
思い出のうどんとそば 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki
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