第20話

「丽、丽。いたよ、人形、動かないでネ。アタシが連れて行ってアゲル」

 少女の頭にはツノが生え、まるで神話に出てくる龍さながらの姿をしていた。幼い子供のようにゼンを痛めつけては、誰かしらの名前を呼ぶ。

 ゼンは銃器を使えない、扱い方を思い出せない、肉弾戦で応答するも、相手も同じ程の勢いで跳ね返す。

「ダメだヨ、仲良し」

 動かぬ体を動かそうとするゼンに対し、少女は冷たく言い放った。仲良し、仲良くしないとダメ、ずっと同じことを繰り返した。

 今まで、幼い子供には手をあげることができなかった。ゼンは彼女に負けることなどあれば、それはリコルにも影響を与えることになり得ると理解していた。それでも、殴ろうにも本来の威力を出せず、抑え切ろうとしていた。

 優しくあれ、優しくあれと自己暗示をかけていた、そんな彼女は少女の口から出た名前を聞くや否や、本気で殴りかかってきた。

 その名前は彼女の実父、そして実母、二人を挑発するような言葉が美玲の口から溢れた。


 ――ゼンは純粋な日本人。父親は中国広東省で幼少期を過ごしていたが、両親共に日本人だった。なぜその街で暮らしていたのかはわからない、然しだからこそ彼女の父親をよく知る者もいるのだろう。

 制御の効かぬゼンは、ひたすら美玲を殴り殺そうと体を動かした。それは非常に無意味なことで、軈て力尽きるとその場に倒れ込んだ。

 閉ざされた瞳の奥でも尚、ゼンは体を動かしていた。何もない空間なのにも関わらず。

「やめなさい」

 それはそれは、優しい声色だった。

「翡翠、その力は誰かを守るために使いなさい。お母さんたちと約束したでしょう? 」

 ゼンはピッタリと動くのをやめると、小さく呟いた。その母なる人は微笑みを浮かべながらゼンに近寄り、次にやるべきことを伝えてくれた。

 自分の力の使い方を、そして彼女は意図的になのか無意識なのか、他者に記憶を経由させる能力の破片をその場に残した。

 ゼンは美玲に回収されながらも、その場に目的地へのヒントを残しておいたのだった。

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