第16話

 視界が滲む先で、ゼンはリコルが目を覚ますまで、ひたすら獣のような声を上げていた。彼が少し動き、うっすら目を開くと彼女に纏わりついていた赤黒い液体は少しずつ剥がれ落ちていく。

「嗚呼……大丈夫ですよゼン。私はこれくらいでは死にません」

 少し起きあがろうとしつつも、ナカノモノが溢れてしまう、どうしようかと彼は苦笑しゼンの手を握った。

「誰の仕業かわかりますか? 貴女は怪しい人物を見かけましたか? 」

 ゼンは仕切りに首を振った。リコル本人も、ゼンの記憶を操作しても依然と何も変化しないことが分かると、彼女が嘘をついてはいないのだろうということを確信した。

「困りましたね。狙われたのが私だったからまだ良かったのですが……」

 ゼンはリコルの体が治るのを確認するや否や、直ぐに抱きつき静かに泣き出した。

「犯人探しをするのも大事ですが……貴女もそろそろ親離れしないとですね」

 彼は優しく、落ち着かせるようにゼンを撫で続けていた。

 ――ゼンは、感情が常に無に近い存在だった。言われたら笑う、言われたら怒る、言われたら泣く、全てがの行いだった。

 彼女が自分から泣くのも、笑うのも、殆どが彼の前だった。それは少しずつ少しずつ作り上げられた信頼関係のせいなのか、リコルによる再教育の反応なのかはわかっていない。

 彼女は世界そのものを、蛆虫でも見つめるかのような澱んだ目で見つめていた。まるで、世界のどこを見ても救いは無いし、自分も人を救うことはできないとでも言うように。

 リコルはそんな彼女に僅かながらにも光を与えてくれた、数少ない存在でもあった。だからこそ、彼女は心の奥底で彼に対し警戒心を抱きつつも失うことの恐怖心も持ち合わせていたのだった。


 リコルはその後、ゼンと共に館まで移動すると彼女の首にそっと触れた。

ですよ。わかりますね? もしも、貴女の身に何かあったら適応した能力が自動的に発動されます。ですが、普段は訓練で使いますが、今回は実践だと思ってください」

 ゼンは頷き、そして彼女が部屋に戻るのを見守ると彼は秘密の通路を通って普段は誰もいないはずの部屋に立ち寄り、椅子に座った。

 いつも以上に真剣な目で、彼はある人物の名を呼んだ。

『――はい、ボス。こちらに』

 その声はリコルにだけ聞こえる、中性的な声色だった。

「暗殺班への命令だ。『ゼンに対し、怪しい動きをする者が一人でもいたらするように』と」

『了解ですボス、仰せのままに』

「それともう一つ。これは中国の……あの子供達へ伝えてくれ。『今すぐ本国に戻れ』と」

『それはつまり……』

 彼は非常に冷たい声色で断言した。

 自分を殺そうとする人物には心当たりがある。更に、ここ最近の裏切り者との関係者を繋げ合わせ、彼はとうとう昔の因縁に終止符をつける時が来たと判断したのだ。

 「――龍蘇会はオレが潰す」、無機質な部屋の中で残酷な一言だけが響いていた。

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