第15話
しかし、そんな和やかな時間は唐突に終わりを迎えた。何の音沙汰もなく、ゼンの頬には赤い何かがチラリと映った。そして、それは二、三と続けて増えていった。
目の前には、先程まで話していたはずの男性が力無く横たわっている。ゼンは状況を理解すると、彼女の周囲を赤黒い液体が包み込んだ。
「……予測通りだ」
ゼンからもリコルから見えない、透明で無音な空間の中、男は銃弾を詰めながら小さく呟いた。
「龍蘇会の人身販売で売られた子供はこいつだ」
ゼンはただひたすら、動かないリコルを揺さぶった。撒き散らされた肉片を詰め入れようと必死だった。液体がゼンの体を完全に隠し、外面はまるで鬼のようにも見えた。
「リーダー、どうしてボスを狙うの? 」
「今更だな。俺たちにとってはボスもアンダーボスもどうでも良い、真実を知れたら良いんだ。そして、ついでに俺たちが成り上がりできたらそれこそ上々ってものだろ。俺の能力はリコルとゼンに対抗できる唯一の力だ」
男は暗殺班のリーダーだった。裏切り者の正体とはいかなかったが、少なくとも彼は「ゼンと同じ位置に居座る事で独り言を呟く誰か」を目撃した。男はそれが中国語であることも、龍蘇会に情報を渡している内容であることも聞き取っていた。
「あいつらの能力は覚えてるだろ」
「うん。『認識した人の力を奪う』だよね、確かにリーダーの能力ならいつでも殺すことはできるよ。それに、リーダーがボスから……リコルから殺されてないのも、リーダーが無能力だって偽っているからなのもね。だけど、ここまでする必要ある? 」
「嗚呼、俺は……俺は、この時を待ち望んでいた」
鬼となったゼンは、人ならざる声を上げる。リコルは体が冷たくなるわけでもなく、しかし目を開けることもない。
「極大なストレスを与えると、あいつの能力は暴走する。これが真実だ、そしてもう一つ、あいつは自分で能力を完全にコントロールすることができない」
男は、ゼンの脳天に睡眠薬を塗りたくった弾丸を撃ち込むと、満足げに「帰ろう」と背の低い少年に話した。
「――えーと、つまりゼンが死ねば情報漏れは無くなるってこと? 」
「完璧にではない。だが、ゼンがいなくなれば龍蘇会からの裏切り者はこちらの情報を得るのがだいぶ難しくなるだろう」
「ゼンがいなくなって、リコルがいなくなったらそれこそ龍蘇会の思うツボじゃない? 統制者がいなくなる、すると誰がその座に居座るのかって争う、そこに……」
男は呆れたようにため息を吐いた。それは既に分かりきっているらしく、男の考えはまた別のものだとはっきり答えた。
「龍蘇会との抗争だ。昨日の事件、リコルもゼンも、誰にやられたのかはわかっていない。そこはレナが手筈を整えているはずだ」
「う……うん? 」
「龍蘇会とヴァールファイト・ファミリー、お互いにお互いを潰し合ってもらう。余計な被害者は出さない、リコルは龍蘇会の……特に、あっちのボス相手を始末するときは他人に任せないからな」
「え、どうして? 」
「そういう約束らしい」
煙草を一服嗜む男の元に、小さな子供が紙切れを持って走り寄って来る。
「お疲れさん」
「リーダーの考えはあってたよ、ゼンは日本人。龍蘇会経由でこっちに来た、この組織の中に裏切り者がいるのは確定、ゼンが今まで『見聞きしたもの』を知ることができる力を持ってる。ゼンは気づいてないけど、ここの組織とは反対の考え方をしている。望まないのにマフィアになったって感じだね」
「つくづく哀れな女だな」
今頃はリコルも目を覚ましているだろう、男は吐き捨てるように呟いた。暗殺隊のリーダー、この男が何故ここまで龍蘇会に執着するのか。
彼は1999年の被害者の、その血を継ぐ者だった。
「父さんを殺した龍蘇会も此処も、俺は許さない……だから、俺が変えてやる」
彼の息子――モルテは小さく呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます