第12話

 幼いゼンの姿を初めて見た時、丽はふと美玲の姿が脳裏をよぎっていた。利用されるだけ利用され、すぐに捨てられていた幼い少女。幼き頃の美玲の姿がゼンの姿と重なった。

 彼女は不思議な力を持っていた。複数の能力を持っていたゼンを、因縁の相手をこちら側へ呼び戻し、絶望させるための餌として使った。然し、計画が始まるまでのほんの数日の間ならばと、丽は美玲に彼女の世話を任せていた。

 龍の娘と呼ばれ、恐れられた美玲に何をされてもゼンは怒ることも、泣くこともなかった。ただお世辞のような笑顔を浮かべるか、表情を変えないかの二択だった。それでも、美玲にとっては世辞の笑顔を偉く気に入っていた。

「……今頃……思い出しても何も変わらねぇんだよな」

 丽の頭の中で、もしもあの時彼女を餌にしなかったらと言う考えも生まれた。然し全てはもうすぎたこと、今更何を言おうが、誰をどうしようが関係は無かった。

 丽の生き方はそこそこに生きることだった。名前も与えられず、家族もいない、彼は諜報員スパイとして、国の飼い犬として生きる以外の方法を知らなかった。そして後に、彼は一人の男性と出会い、今の座についたのだ。

 ヴァールファイト・ファミリーの当時のボスは、非常に寡黙だったが温情に熱い人物だった。丽を実の息子のように可愛がり、路地裏で寝泊まりしていた彼に部屋を与え、まともな食事を与え、他の子供たちと同じ遊びを覚えさせ、暇な時も寄り添ってくれていた。

 当時の丽は、なぜそんなことをするのかと聞いたことがある。当時のボスは、丽の手をそっと握りながら「誰かを愛することに理由はない」と答えた。

 そして、それとよく似た人物を彼はこの国でも一度だけ見たことがあった。それこそが、龍蘇会の先代ボスだ。

 その人物は変わり者で、丽を息子としてではなく友達として接しようとしていた。

 利用され、国の為に親友を裏切り、そのくせまともな生活一つ支給されなかった彼が国家へ反旗を翻そうとした時、それらを曖昧に終わらせ代わりに丽を引き取ったのは当時のボスだった。

 丽は最後まで、双方のボスに心を開くことはなかった。然しながら、心こそ開かなくとも彼はそこで初めて「愛に対する考え方」を知ることができた。

 友情としての愛、家族としての愛、彼はそれらを初めて知ることができたのだ。

 丽は最悪なシナリオを想像しながらも、今になっても脳裏ではあの頃の楽しかった記憶が浮かびあがる。

 そしてその度に丽は涙を隠し、感情を押し殺し、商売人として、そして組織のボスとして生きなければいけなかった。


 ――丽もリコルも、平和な世界を望んでいた。それはゼンも美玲も同じだった。幸福で平和な世界があればと、四人は何度も何度も、強く強く願った。

 1999年に発生した殺人事件の被害者は、龍蘇会に寝返ったヴァールファイト・ファミリーの裏切り者だった。

 そして各地で発生している子供たちの誘拐事件は、リコルが愛を得る為の手数を増やす方法として行っていたものだった。

 子供たちを誘拐し、集め、幼い頃から洗脳を用いて自分のことだけを愛するように仕向け、リコルは初めて満足する。愛は数が大事で、複数人を愛せば自分自身も複数人に愛される。愛は与えればその分返ってくる、その考え方にヴァールファイト・ファミリー内の「偽善的な考え」が入り混じった結果だった。万人を愛し、自分自身が愛されることが「幸福」である、「不幸」と言う概念は不要な存在であるとリコルは考えていた。そして、自分にとっての不都合な考え方は全て不幸の根源だとも……リコルが愛していた仲間が裏切った際に、平気な顔をして銃口を向けることができるのはその思想が根付いていたから。

 美玲はただただ盲目的で、自分を助けてくれた丽がこの世界に「幸福」と「不幸」を生み出しているのだと確信していた。彼女は丽に対して酷く従順に生きていた。

 丽は「平等な幸福と平等な不幸」によって愛も平和も生まれるのだと確信していた。ただひたすら誰かを愛するだけではなく、誰かを貶める行為も行った。

 ――ゼンは、こそが一番平和に近く、幸福な世界なのだと思っていた。

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