第11話
丽は、イタリアにいる少年の話を聞きながら外の景色を眺めていた。随分と躾のなっていない龍が動いたと聞こえた時は、それはそれは怪訝そうな表情を浮かべていた。
「丽、嫌な話アッタ? 」
「お前にとっては嫌な話かもな」
美玲の頭を、丽は優しく撫でてやった。首を傾げる美玲に対し、どうしても聞きたいのかと尋ねた。それが自分のためになるのか、美玲はそれによると答えた。
「お前の大好きな人形が壊されたってよ」
「人形……? アタシの、人形? 髪の毛、黒と赤の……? 」
「嗚呼、龍がそいつをバラバラにして、改造したって」
「……もう、アタシのところ、来ない……? 」
美玲はグルグルと澱んだ目をジッと丽にむけていた。薄らと涙が滲み、彼は彼女を宥める為に言葉を続ける。
「いや、必ず帰って来るよ。連れ戻す、そうすれば龍を倒せるからな」
「龍が死ねば、人形は遊んでくれるのネ……? 」
美玲は昔、壊れかけていた幼い少女の遊び相手をしていた。その少女は、美玲がどんなに暴れててしまっても死ぬことはなく、姉のように慕ってくれた存在だった。彼女が競りに賭けられる時が来ても、寸前まで「嫌だ」と駄々を捏ねるほど、美玲はその少女を気に入っていた。
「――美玲、一つ小生に教えてくれ。お前は大切にしていたその人形に牙をたてでも無理やり連れ戻さないといけないわけだが……怖くはないか? 」
「怖いヨ、でも。丽は言ってた、人は平等な不幸と平等な平和が必要ッテ……これはアタシにとっての『不幸』ネ。だから、仕方ないヨ」
丽はそれを聞くと、安心したように笑った。
然し、彼本人は胸底に残る不安を必死に拭おうと必死だった。
近年発生していた誘拐事件は、相手のファミリーが関係していた。彼は、彼のよく知る黒い髪の、白いリボンがよく似合う青年が昔呟いていた夢を何度も思い返していた。
あの頃の、愛を知らない少年は……自分と同じ子供達を集めて、みんなに愛されたら毎日が楽しいだろうと笑いながら語っていた。
リコルはそれを、本気で実践していたのだ。各地で子供を誘拐しては、自分の元に連れ込み、洗脳し、愛を満たそうとしていた。その子供は、大人になってもリコルを兄であり弟であり、息子であり、一人の人間として愛を与えようとしていた。
丽にはどうしても理解のできない行動であることに変わりはない。だが、一歩間違えていたら自分も似たようなことをしでかしていたかもしれない。丽がそこまで狂うことがなかったのは、美玲のおかげだった。
美玲は丽と初めて出会い、共に過ごしていくうちに自然な愛を与えてくれる存在となった。丽が愛を学んだのは、美玲が全てだった。
だからこそ、美玲が不安に思う種は摘み取り、彼女が欲しいものはできる限り与えてやりたいと思っていた。人形――ゼンを売りに出したのは、リコルが訪れるための餌としか思っていなかった。似た力を持っている存在がいれば、相手は確実に後継者として育てるだろうと。
然し、彼の想像以上にゼンは後継者としての才能を有していなかった。そもそもの彼女は、思想がファミリーと正反対であり、リコルはそれをジッと無理やり押さえつけていた。
当初こそ、彼の予想ではゼンも洗脳によって真っ黒に染まるのだろうと思っていた。それなのに、ゼンはどんなに染めようとしても全てが黒くなることはなかった。今日のように、ふと洗脳が途切れることもあった。
もう少し泳がして様子を見よう、丽はそのように指図を出した。
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