第8話

「愛が全てを奪った? 」

「そうだ、そうだ。愛が全部奪ったんだ、愛がなければ平和だったんだ――! 」

「何を奪われた? 」

 少女は震える口で、それはわからないとだけ答えていた。

「だが、一つわかるんだ。俺は奪われた、全部、愛のせいで失ってしまったんだ、だから今は不安全なんだ……俺は、俺は愛の無い世界が、平和だと……――」

「待て待て、そうなるとおかしいだろ。此処は愛こそが世界を平和に導くと唱えてる奴らの集まりだ、何故お前は此処に居場所を感じている? 」

 少女はそれ以上何も答えることはなく、あぁ、あぁ……と声を漏らすだけだった。

 男はこれ以上話しても無意味だと悟り、少女の側を離れる。取り残された彼女は、失った何かに対するとてつもなく大きく、潰されそうな恐怖心に打ち勝つよう自分の喉に爪を立てていた。

 愛は無い、愛は無い、常にそう問い続ける彼女の首はいつしか赤く模様が付くようになっていた。

「ゼン、ゼン……唖々、私の愛おしいゼン。駄目ですよ、傷が残ってしまいます」

 リコルはそっと彼女の首に触れ、刹那少女が捕らえたのは虚無を見つめる赤黒い瞳だった。

「ゼン、どうしたのですか? 怯えた顔をして……ほら、こちらにおいでなさい。大丈夫ですよ」

 然し、ゼンはリコルの方に向かうことはない。代わりに、獣を見るような目で警戒しているだけだ。

「……何か吹き込まれました? 」

 目を合わせようとする彼を、ゼンは己の手で突き放した。リコルは穏やかな笑みこそ浮かべていたが、そっとため息を吐くと、少女を蹴り飛ばし噴水の中に突き落とす。

「何を言われた、言え。全て吐け、の目の前で」

 ゼンは噴水から力無く這い上がるも、リコルの命令を無視した。何も言わない、何も言うことはないと答えた。

「……本当に言わないのか、手の掛かる――」

 少女は男性に拳を突き立てた、その手は空を切り、彼は嘲笑うかのように少女を地面に叩きつける。

「奪ってやろう、お前の全てを」

 リコルは無機質に呟くと、右の瞳で彼女を捉えた。


 ――その目の色は、普段の黒い瞳とは異なり、白い部分が黒く染まり、瞳孔は赤く染まっていた。

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