第6話
――場所はイタリアに戻る。その晩、ゼンは寝付くことができず、朝と同じく書物を漁り続けていた。髪を下ろした彼女は、いつにも増して女性らしい。
「……ゼン、起きてたの? 」
書物を漁るゼンに、声をかけたのは美しく整った男性だった。しかし見た目は、女性の服を着ている。
「嗚呼、寝れなくて」
「そっか、ボクも寝れなかったんだ。ねぇ、少しお話ししようよ」
ゼンが頷くと、彼は嬉しそうに話を始めた。好きな武器、お気に入りの映画の話、お菓子の話まで。
ゼンはただ、その話を相槌を打ちながら聞いていた。
「ゼーンー、聞いてる? 」
「聞いてる聞いてる、お前のドレスをドメニカに捨てられたって」
「違う! あのドレスは捨てられたんじゃないよ、地味だって言われたのが腹たったんだ! 」
「ああ、そうだったか」
ゼンとその青年は、似たような境遇を持つ二人だった。そして共に、肉体と精神的な性別が違う。だからこそ、ある程度の話をすることができる。
「ねぇ、お仕事順調? 」
「……まぁな」
「リコルに酷いことされてない? 」
彼はゼンが此処に来た時からずっと彼女を気にかけていた。何かあったら自分に頼って欲しいと、君のためなら人を殺すことさえ容易いと。
「……お前こそ、仕事は順調か? 」
「うん。なーんも問題無いよ」
「はは、それなら良かった」
「寧ろ暇してるくらいだよ。剣の腕が鈍ってたらどうしよう」
青年はポケットからサバイバルナイフを取り出し、くるくると指で回していた。滑らせ、指に傷ができるとゼンは呆れたようにその手を取る。
「ほら、刃物で遊ぶなってお前よく言われてたじゃん」
「うーん……」
絆創膏を彼の指に貼り、彼女はそっとキスを落とす。恋人同士ではない、二人は……少なくとも、ゼンは。家族はこうするものだと認識していた。
「……ゼンってさ、タラシって言われない? 」
「たらし? 何だそれは」
「うーん……ううん、何でもない。あ、でもさ、さっきのボク以外の人にはやらないほうがいいよ。少なくともリコルの目の前とかでは」
「どうして? 」
首を傾げた彼女の首元には、薄らと赤く滲む染みが見えた。それを見た青年は怪訝そうな顔を隠して、そう言うところとわざと笑った。
「ゼンは可愛いし、カッコいいし、だからみんな君を好きになるんだね」
「ふーん」
「ボクも君みたいになりたかったな」
「……俺から見たら、お前が羨ましいよ」
好きな姿になれる青年を、ゼンは羨ましいと呟いた。ゼンはリコルから何かを学び、今に至る。大切なのはリコルだけではない、ファミリー全員がゼンにとっては大切な存在――彼女はずっとずっと、そう思い込んでいた。
「……あのね、ゼン。ボクは一つだけ、君に確認したいことがあるんだ」
青年は、雪のように整った睫毛を一度伏せてから、もう一度彼女の方を見つめる。
「――君は、暗殺班では無いんだよね? 」
「嗚呼」
「それは、
「……何か、そう思う理由があるのか? 」
青年はそっと息を呑んだ。然し、窓硝子と目が合うと、冗談だよと煙に巻いた。
そんな青年の様子を不思議そうに見つめながらも、軈て眠気が訪れた彼女は、本を片付けることすら忘れ共に手を繋いで自室へ戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます