第3話

 どれほど時間が経ったのだろうか。

 辺りはすっかり暗くなり、子供達の声もしない。ゼンは一人、館に戻ることも無く、再度足を踏み出した。そこは、遠い昔に姿を消したはずの遺跡の中。

「ここで生きてた人は……どうして滅んだのだろうか」

 噴火によって姿を消した、ゼンはその話をリコルから教わっていた。しかし、その時見せられた資料の中で、ゼンは未だに不思議に思っているものがある。

 横たわる二人の死体に火山灰が積み重なる、その形はまるでお互いが手を繋ぎ合い、最期を受け入れるような見た目だった。ゼンはそれを、ロマンチックだとか、悲観的だとか、そんなふうには取らず、「どうして逃げようとしないで諦めたのか」とだけ感じた。

「噴火は、そんなに怖いのか? 俺が不死身だから怖くないだけ? 」

 無機物に問いかけても、ゼンが望む答えは戻ってこない。それでも彼女は、その場で自問自答を続ける。やがて、薄らと、その日みた歪んだ夢を思い出す。

 逃げ惑うポンペイの人々、夢の中で逃げていたのは少なくとも自分のような黒髪の人が多く、中には同じくらいの歳の子もいた。

 火山灰で覆われた街、然し夢は赤黒い絵の具で覆われていた。

 そして、火山のように、気高く、赤いマグマのように絵の具を流し、自分の元へ歩み寄る……一人の……――。


 ――夢は、そこで途切れた。彼女の目先では、肉を出した男性が微笑んでいた。

 見た目はアジア系、長い黒髪は血で薄らと赤く染まりかけている。

然而那個時候還沒有まだ、その時じゃない

 男性はそれだけ囁くと、一瞬の眩しい光と共に彼女の前から消え去った。死体は無い、血痕もない、幻だろうか、ゼンは自分の頭を何度も叩いた。痛みは続く、夢では無いのか。

「ラウロ……ラウロ。何をしているんですか? 中々戻って来ないから何処にいるのかと思えば……嗚呼、どうして泣いているのです? 怖い夢でも見ましたか? 怖い獣でも見たのですか? 」

 誰もいないはずのその場所から、カツリとリコルが姿を表す。瞬間移動、ゼンとリコルが扱うことができる能力。リコルは、ゼンを探し回ったのだと伝え、無意識に涙を流す彼女を抱擁した。

「わからない、わからないんだ。それでも、此処がおかしいんだ、怖い夢を見たのかもしれない、だが俺はそれを怖いとは思わない、でも……俺は、この違和感が酷く痛く感じるんだ」

 ゼンは自分の胸を指差し、何故なのかとリコルに訴えた。そして、その日見た夢の話も、全て口に出してしまった。

「夢を、見たのですか? 嗚呼、そうですか……ですがラウロ、貴女はその夢を見て、真実では無いと理解できたのでしょう? 貴女が『夢だ』と私に教えてくれたのがその証拠です。夢は夢、現実は現実、貴女は私の大切な……――」

「大切な……何……? 俺はにぃにの、にぃにの何なの? ねぇ、どうしてリコルは……ジェノは、俺を愛するの? 」

 その問いかけに、リコルはクスッと笑った。ゼンの耳元で、優しく、わかりやすく囁いた。

「それはですね、ゼン。貴女が私をからですよ」

「……俺は、愛してるの? 」

「えぇ、貴女は私を愛してる。リコルとしての私も、ジェノ・フレドリックとしての私も、貴女は全ての私を愛している、だから私も貴女を愛するのです。愛と言うのは、最初は気づきにくいものですよ、貴女はまだ気づいてない。然し、近いうち必ず気づくでしょう、大丈夫。何も怖いことはありません、さぁ涙を拭きなさい。アペリティーボの時間は過ぎてしまいましたが、ディナーなら間に合います」

 リコルは彼女が泣き止むまで、幼い子供を宥めるように接し続けた。優しく、優しく、強く、強く、抱きしめ続けた。


「……貴女は、私とであるべきですからね」

 彼は彼女の泣き声に紛れ、その言葉をそっとゼンの脳裏に刷り込んだ。

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