第2話

 街中に出れば、ゼンという名前を使う必要性は無い。代わりに彼女は、「ラウロ」と呼ばれるようになる。

「ラウロ、ジェラート買っていい? 」

「任務の内容を思い出せよ」

「冷たいわね」

 ドメニカの名前も、ディアナに変わる。ファミリーが街中で使う偽名を使い、二人はさり気無い調査を行う。

「怪しいのは何処だっけか」

「怪しいというわけでは無いけど、みんな必ずここに行ったの。チャイニーズの、ここよ」

 小綺麗な店内に二人が訪れると、活気あふれた笑顔の女性が二人を迎え入れた。

「らっしゃい」

が飲みたいのだけど」

 女性は態度こそ変わらずとも、此方だなと言わんばかりに二人を奥の部屋へと導いた。調理場とは別の部屋、多彩な書物が綺麗に収納されている。

「ここ数日の間、目安で言えば三ヶ月程。出入りした客の中で、俺達について話してた輩がいるか知りたい」

 ゼンは懐から小切手を差し出す。相手は暫くそれを見つめ、指を鳴らした。刹那、二人の目の前にはそれなりの資料が置かれる……それが相手の異能力だった。

「特別な情報とは言わないがね。まぁまぁ気になることはそこに記されてんだろ」

 先ほどのような気さくな性格はどこにも無く、相手の女性はソファーに座ると煙草を吸いながら二人の様子を見つめていた。

「音声データは無いの? 」

「馬鹿言ってんじゃないよ。アタシはあくまでことしかできないんだ。音声データが欲しいなら、そのための媒体を持ってくることだね」

「ふーん……」

 暫し、資料を見つめてるとドメニカはあることに気づいた。会話の節々に、同様の単語が綴られていた。

「ねぇ、龍って単語が必ず出てきてる」

? それがどうかしたか? 」

「おかしくない? だってさ、そんなのが登場する映画もドラマもやってないし、それに全員が必ず口にしてるって。偶然にも程があると思う」

 女性は煙草を灰皿に押し付け、あることを教えた。

「そいつは龍と書いてあるがね、おそらくロンと呼んだんだろう。アジアのどっかではそう読むみたいだしね、現にアタシもそっちの読み方でなら聞いたよ」

 二人は顔を見合わせ、礼を言うと店を後にした。その先、港へと向かい誰かが訪れたか、またその人物の特徴はあるか、それらを聞き込み、まとめ、そしてある一つの仮説が思い浮かんだ。

 その日はどこかのホテルに宿泊することもなく、早々に任務を切り上げると二人は直ぐに館へ戻った。

「港に訪れたのはアジア系の顔立ちで中国語を話す男性一人。商売のために来たと……それに、店ではロンと言う言葉を聞いた」

「その男性は三日前には戻ってしまったらしいけど、きっと今回の裏切りの件に関係してる。それでも謎が残ってる、仮にそいつが異国の者だとしたら、何故皆は……――」

 掟を破るのは命を捨てるような事。それを、自分たちの知らない全く別の国の相手が絡んでるだけで、どうして簡単に行えるのか。それだけがつっかかり、ゼンの頭を支配していた。

「何かわかったのかい? 」

「リコル兄さん……! 」

 ドメニカは目を輝かせ、任務の成果をハキハキと伝えている。しかしその耳は僅かながらに赤く色づいている。

「――そう、中国語を話す男性が来たと」

「はい。本当は私からボスにお伝えすれば良いのだけど……私達は会ってはいけないと御命令があるので……」

「伝達係は私の仕事だからね。代わりに伝えておくよ、お疲れ様ドメニカ」

 そっと抱き締められたドメニカは嬉しそうに微笑み、しかしそれを見つめていたゼンは胸の内に湧き出る感覚を理解することができず首を傾げるだけだった。

「……ちょっと、出かけてくる」

「ゼン? どうしたの、いつもなら仕事が終わったら直ぐ寝ちゃうのに」

「散歩」

 ゼンはフードを深く被り、たったその一言だけを残して再度館の外へ足を運んだ。


 モヤモヤが募れば募る度に、ゼンはその場から遠退いた。それが許されているのだと、彼女はリコル本人から教わっていた、彼女にとって彼はある種の教師のようなものである。

 スゥッと息を吸い込み、一歩踏み込む。場所は切り替わり、美しい街並みとは縁も無いような、汚れた街に変化する。

「ラウロ兄! 」

 子供達がゾロゾロと湧き出ては、ゼンの周りに引っ付いた。トル・ベッラ・モナカと呼ばれたその街に住む子供達は、ゼンの事をラウロと呼び、家族のように懐いていた。

「オレ達ねー、ラウロ兄来るの待ってたんだぁ」

「みぃんな仕事しろーって言うんだもんなー」

 ゼンは苦笑しながら、二人の子供の頭を撫でた。

「お前らなぁ……遊ぶのも良いけど、手伝いもしなきゃダメだぞ。良いか? レディーに何でもかんでも任せてたら、いつか強い奴の尻に敷かれちまうぞ」

「とーちゃんみたいに? 」

「馬鹿お前、親父さんを揶揄っちゃいけねぇよ」

 彼女はこの街で、一度も自分から「己が女性である」と明かしたことはなかった。肉体的には女性だが、心の性別が男性の時もあれば女性の時もある、しかしそれ故に性別は存在しないのでは無いかとも感じ取る。そんなチグハグな彼女を、この薄汚れた綺麗な街は全て包み込んでくれた。

「ラウロの旦那、あんた今日はヤッていかねぇのかい? 」

「生憎だけど、キメちまったらお縄になっちまうんでな」

 男達は下品に笑い、相変わらずだと自分たちの腕に針を刺し続けた。男達にも家族がいた、家族を失い、ドラッグに手を出してしまった。

 そしてその薬による幸せな、愛する家族が存在する夢に浸り続ける。それが真実だった。

 ――そう、愛するが故に男達は違法薬物に手を出しているのだ。

「愛、愛を……愛、するから……」

 ゼンは誰にも聞こえないほどの、非常に小さな声で繰り返しぼやいた。何かを確認するかのように、然しして、首を横に振ると子供達の元へ駆け寄り、共に遊んでやったのだ。

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