真龍奇縁
華夢
第1話
――1999年、12月30日。中国広東省にて事件が発生した。とある男性が、腹部を切り裂かれた状態の遺体となって発見されたのだ。不思議なことに、その傷口は刃物では無く、まるでかまいたちでも存在したかの様に、ぱっくりと綺麗に割れていて、血は止まり、凶器すら存在しなかった。
怪奇現象か、それとも何か他の理由があるのか、然しその事件に関しては数日も経たないうちに皆が忘れる様になった。詳しく話そうとはしない、政府は圧をかけるかの様にもみ消した。
その日、女性は夢の中で何か大きな変化があるのだろうと感じとった。この国じゃない、この国の裏側、果てはもっと別の場所、何かが起こっている。何か、良くないことが……それはやがて、彼女たちの生活にも支障をきたすものであると。
夢であれ、夢であれ、女性は目を覚ました後、男性を強く抱き寄せた。ハネムーンにここを選んだのは、彼が幼少期をここで過ごしていたからだ。
「貴方が死ななくて良かったわ、本当に」
「冗談はよしてくれよ」
夫は照れ臭そうに笑う、本当はイタリアにも行ってみたかったのにね、そんな話をしながら二人は朝食を済ませる。
ここに滞在するのは後三日、彼女はそっと優しく腹を撫でた。次こそは、次こそは、成功しますようにと、赤い髪をチラつかせる夫の顔を見て微笑みながら……――。
――数年後、某日某所。事件が発生していたその場所も、当時の悲惨さを感じないほどの賑わいを見せていた。
そんな中、一人の幼い少女は鉄格子の先から汚れた瞳をじっと見つめ、自分の体を擦り続けた。汚れてる、汚れてる、ここら辺では聞き取れない、その言語は日本語だった。
首枷を繋がれた少女は、ただ死ぬ事だけを望んでいた。生きる希望を見出せない、その腐った視界に映る全てを忘れるために、死ぬためなら奴隷になっても構わないと。
値踏みされたその間、少女は故郷を思い出せることすらできず、無駄に時間を浪費した。過ぎて、過ぎて、過ぎゆく時間を汚い観客席と共に捨て去った。そして、ヒュンと風の音がして……――。
「……ン、ゼン。起きなさい」
男性は居眠りをしていた少女の頭を軽く叩き、どうしたのかと声をかけた。
「朝食の準備ができてます、普段ならもう起きてる筈なのに。悪い夢でも見ましたか? 」
ゼン、と呼ばれたその少女は頭を擦り、夢の内容を語ろうと口を動かした。しかしながら、そこから言葉が出ることはなく、何でもないと首を横に振るだけだった。
「ふむ……熱が出てるようには見えませんがね。食事はどうしますか? あれなら、軽いものに変えるよう私から伝えておきますよ」
「……良いよ、食べる。にぃに、待ってて」
ゼンはクローゼットを乱暴に開けると、そこから適当に服を選び、雑に着替えて男性の元へと向かった。相手は苦笑し、彼女の身なりを整えると手を繋いで食堂へと足を運ぶ。
「おはよう、リコル」
「おはようございますファビアン。昨日はよく眠れました? 随分と帰りが遅かったと聞きましたが」
茶髪の少年は、そばかすを指で隠すかのように擦り、目を閉じて笑った。子供らしく、快活に。
「それがねぇ、実はさっき姉貴に起こされちまったんだ。それで、テキトーに飯を食っちまった、今から寝ようかなって思ってんだ」
「おやおや、ドメニカには私からお伝えしておきましょうか? その方がファビアンも眠れるでしょう」
少年は嬉しそうに、任せたと男性の背中を叩いた。一見すると、仲つむまじい年上の男性と年下の少年、たったその関係にしか見えない。
しかし実際は、これは家族のようでもあり家族ではない。世間一般で言うところの、「マフィア」と呼ばれる団体、政府とも裏で手を繋いでいるイタリアのマフィア、
他の組織と違う点はいくつかある。異能力を持つ者が多くいる事、人身売買、臓器販売などは双方による直筆、あるいは代筆の契約書が無い限り行えない事、そして何よりボスもアンダーボスも存在を知られていない事。
「さぁ、着きましたよゼン」
ゼンは椅子に座ると向かいのリコルをじっと見つめた。その目は、光一つ嫌うような冷たく不穏を煽るようなドス黒い色だった。
「ねぇ、にぃにはいつもそっちなの? 」
「ええ、そうですよ。貴女もいつか、この席に座ることになりますよ」
リコルは優しく微笑見返すと、時たまにゼンの方をチラリと見ては、何事も無かったかのように朝食をすすめていた。
朝食を終え、ゼンは何のやる気も無いように館の中を歩き彷徨った。書物を漁っても、今の彼女には読めない文字が多い。静かに本を戻し、煌びやかな外を眺めた。色彩が一気に突き刺さり、彼女は外を眺めるのをやめた。
「……どうせ、俺は――」
「ゼン、ゼンってば」
どうしたの? と首を傾げる幼い子供。栗色の髪を弄り、長いスカートの裾を叩いていた。
「考え事? それより手伝って欲しいことがあるの」
「ファビアンは……あー……」
ゼンは今朝のことを薄ら思い出すと、わかりやすいほど大きい溜息を吐いた。
「寝ちゃったの。リコル兄さんからも、起こさないでねって、だから代わりにゼンと一緒にって。これが今日の任務」
「……
「うん。でも情報の掻き集めは私たちの仕事」
手渡された羊皮紙には裏切り者と暗殺対象者の名が綴られてるだけだった。ドメニカは、その名前を一つずつ指差しながら、独断による情報の出所を伝えていた。
「どうして裏切ったのか、私達はその原因を見つけて、二度と犠牲者が出ないように潰さないといけない。そして対策を考える、リコル兄さんと一緒に」
「……君、随分とにぃにの命令には充実だね」
ドメニカは首を傾げる。それを見たゼンは、もう何も言うまいと目を伏せる。
「まぁ良い、言いたいことは理解できた。探索任務は久しぶりだけど――」
「任せてゼン。ゼンはいつも通り振る舞えば良いから」
ドメニカは淡々と語り終えると、自室へ戻り支度を始める。ゼンは只、只……胸に突っかかるナニカを引き抜こうとしていた。
それは何なのか、物理的に存在しているわけでは無い、それにしては何故か繊細に感じ取れる。内側に何かが引っ付けられているように。
「何か問題でも? 」
リコルは動かぬゼンに近寄り、その様子を見つめた。その問題点を、ゼン本人は気づくことすらできなかった。
「……多分、なんかあった」
「多分? 」
「もう、忘れた。何も感じないから、きっと平気」
「そうですか」
支度が終わったドメニカに呼ばれ、向かおうとするゼンの腕をリコルは優しく握った。
「ゼン……否、ラウロですね。貴女らしく振る舞えば良いのです、良いですか? 誰に何と言われても……無理に女性らしく振る舞わなくて良いのです」
ゼンは無言で頷き、リコルはドメニカの元に二人で向かい、「行ってらっしゃい」と任務に向かう二人の額にキスを落とした。
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