第16話

わかなの声で目が覚めた。時計は五時前を示していた。

「行くよ、大洗」

どうしてこんな元気なんだろう。思えば、学生時代の朝のトレーニングもわかなは周りの何倍も元気で、声を出しながら河川敷を走っていた。

昨日と同じおしゃれな服装に、開かない目。昨日は三つ編みをした髪も面倒で後ろに一つでくくった。チャックアウトを済ませ、水戸から大洗まで電車に乗る。そこから三十五分歩くかどうか聞くと、「もちろん歩くよ。走ってもいいけど」なんて、呆れた答えが来た。薄紫色の空、少し海の匂いがする。朝の空気はクリアで、昨晩の酔いと疲れはあるものの、息を吸い込むと心地よい気持ちになった。波の匂いと音が近づいてくる。空も紅色になってきた。二人とも無言で黙々と歩く。昔ながらの家が並ぶ道を抜けていくと、目の前には光に反射して、黄色っぽく輝く海があった。

「海だ、、、」

「何立ち止まってんの?砂浜まで行くよ。」

朝日はすでに出ていて、少しずつ高度を上げていっている。わざわざ下に降りなくても、ここで十分なのにな。わかなの背中を見つめる。

「優菜~」

わかなが呼ぶ。少し靴紐をきつく結び直して、わかなに向かって走って行く。わかなもそれを見て走る。砂に足が取られ、一歩一歩が重たくなる。学生時代、ラントレで砂浜を走ったことを思い出す。でも、そのときとは全然違う爽快感。朝日に包まれながら、波打ち際まで走る。


「恋の歌を歌う 朝焼けの中で」

わかながワンフレーズ口ずさむ。

「海ってさ、生命の源なんだよね。」

しゃがんで、波を触る。

「私も、優菜も、元をたどると同じところから生まれてきているんだよね。」

「海に比べたら、ほんとうにちっぽけだよね。人も、動物も、この世のありとあらゆる生命も。」

「でも、この海の中にもたくさんの生命があって、みんな生きている。ここから見ているとわからないけど、きっとどの生命にも意思があって、悩んで苦しんで、家族がいたり、一生を一人で過したり。それでも、ちゃんと生きているんだよ。」

「一度死んじゃっても、海の中で分解されて、きっとまたどこかで命を、思いを燃やしている。」

「そうだね。」

「見えてなくても、ちゃんといるんだね。」

波の音は優しく、太陽のようなあたたかくて大きなものに包まれている気持ちだった。 

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