第13話


学生時代に数回だけ来た東京駅。休日だというのにスーツ姿の人たちが足早に前を通り過ぎていく。自分なんて見えていないように、内心そうであって欲しいと願っていたのだが。


八重洲中央口から左に歩いて行くと、歩行者用道路はあった。その一角に、花やペットボトル飲料、手紙が置いてあった。彼女は、ここから身を投げたのだろう。

その横に立って下を見る。時刻は午前十時すぎ。交通量は多かった。ここから下を見ても、ちっとも死ぬ気にはなれなかった。


「相川さん!」


後ろから名前を呼ばれた。そこにいたのは、花束を持った聖瑋の彼氏だった。


「何やってんですか。後追いしても何にもならないんですよ。」


そんな朝から大きな声出さなくても。別に死ぬつもりなんてなかったんだから。声の割に、哀しそうな目で、俺をみる。でも、俺も君を哀れみの目で見ている。彼も俺も目を合わせているつもりだった。でも俺は、彼の目のもっと深いところ、どこか遠いところを見ていた気がした。

彼の持ってきた花束の黄色の向日葵がまぶしかった。


「不思議でしょ。秋にも向日葵って咲くらしいんですよ。」


そういって、花束の群れに花を添える。まぶしい黄色が当たりの花を照らしている気がした。


「聖瑋みたいですよね。周りを照らして、常に笑顔で。だからこそ、苦しかったのかもしれない。この向日葵みたいに、みんなを照らしてたら気付かない間に孤立しちゃって、あとは枯れるのを待つだけって言うか、ずっとキラキラしていた面を見ていたのに、どうしてそうしたところしか見てあげられなかったんだろうって。向日葵の花言葉に、「貴方だけを見つめる」ってあるんです。他にも、「あなたは素晴らしい」とか「あなたを幸せにします」とか。ほんとうに聖瑋らしいなって。よく言ってくれたんです。幸せにするねって。でもなんで、先にいっちゃったんだろう、こんなことで俺が幸せになるはずないって聖瑋が一番わかっているはずじゃないですか。」


聖瑋の彼氏が饒舌に話すのを横で聞いていた。俺に語りかけているのか、独り言なのかわからなかった。なんで死んだか、俺だって聞きたかった。でも、彼氏出すらわからないのなら、何でもない自分がわかるわけもない。橋の下を列をなして過ぎていく車を目線で追いかけた。車の中には人がいて、その人達も今を生きている。このたくさんの車の群れは同時に生命の集まりなのだ。


「俺、悩んだんです。あなたに手紙のこと聞くの。」

遠くを見ていた顔がこちらを向く。逆光になって表情はうかがえない。


「俺も最初、聖瑋が死んだこと知らなかったんです。聖瑋の親から、俺のInstagramにメッセージが来て、言いたいことがあるから電話番号を教えて欲しいって。直感で良くないことだなってわかった。そしたら案の定、聖瑋が自殺したって教えてくれて。ほんとうに悲しかった。確かに付き合って期間は短いけど、聖瑋に近い存在だと思っていた。なのに、何も知らなくて。前日、全然LINEの会話に既読がつかなくて寝てるのかなって思ってた。心配でいっぱい電話も入れたんだけど繋がらなくて、思えば、その時もっといろいろ方法はあったんじゃないかって。近くにいたんだから、家を訪ねたりとか。朝起きて、既読がついていたから安心した。でも、メッセージは返ってきていなかった。俺が既読をついたって喜んでいたとき、もう聖瑋はすでに死んでたみたいで、そう思ったら自分のふがいなさばかりが出てきて、自分の事すごい責めた。死ぬことも考えた。そしたら、聖瑋から手紙が届いたんですよ。手紙を読んで生きなきゃって思った。これは聖瑋からのメッセージなんだと。手紙の中身には、死については明確に書いてなくって、俺どうしても知りたくて、聖瑋のこと何でもいいから情報欲しくて、手紙をもって郵便局に行ったんです。馬鹿ですよね、ほんと。でも、きっと聖瑋が導いてくれたんですよ。手紙を持って行くと、郵便局の人が教えてくれたんです。実は、この手紙は一回取戻請求されてたらしいんです。夜に電話があって、黄色の便せんの手紙を三つ郵便しないで欲しいって。ただ、取りに来なかったのでいたずらかと思ってそのまま郵送したみたいです。郵便局の人は、無事に手元に届いたならよかったっておっしゃってました。」


鼻をすすりながら、彼が喋る。彼の気持ちを推測してみる。俺と違って彼はきちんと行動に移した。俺が行動に移せなかったのは、彼氏じゃないから?違う、俺はしょうもないことばかりを気にしていたんだ。だから、彼女の最後の場所を見るのにもこんなに時間がかかってしまった。彼はまた視線を橋の下に戻す。


「聖瑋のご両親にも手紙が届いたみたいです。あとは自分のところにも一通。だからもう一通手紙があると思って、あなたに聞いたんです。とにかく知りたかった。生前、聖瑋が何を考えていたか。でも不安だった。もしあなたに届いていたら、その内容がどんなものなのか。聖瑋の彼氏は自分なのに未だにあなたを気にしてしまう自分がいやだった。持っていない。と言われて安心した気もあった。ほんとうは聖瑋のこと言わないつもりだった。でも、今日あなたに会って、言って良かったと思う。あなたもほんとうに聖瑋のことが好きだったんですね。手紙が何通あるかは、ご両親にはいっていません。わからないことで、混乱に招くのも良くないと思ったので。」


「相川さん」


彼がこちらを見て言う。


「聖瑋は、死のうと思って一旦海にいった。でも死にきれなくて、もう一度生きようと思って、手紙の取戻請求をした。そのあとから、彼女が死に至るまでどんな感情の変化があったかは今ではわかりません。最終的に彼女はこの場所で死を選んだけれど、彼女は決して簡単に死を選んだわけじゃない。俺がこういうこというのも変だけど、俺たちは悲しいけれど死んじゃダメなんだと思う。彼女はちゃんとこの世界で生きていた。俺は聖瑋が好きだった、いや今でも好きだ。そんな聖瑋が好きになってくれた俺を俺が壊すわけにはいかないと思うんだ。相川さんだってそう。きっと聖瑋も相川さんの事、好きだったと思う。聖瑋を大事に思ってくれているなら、聖瑋が大事にしてくれた自分自身を大事にして欲しい。」


そう言って彼は、もう一度花たちに手を合わせて駅の方へと歩いて行った。

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