第11話

さいあく、自殺すれば良いか。


僕の中で、こんな気持ちが芽生えていた。採用試験もうまくいかない、人間関係もうまくいかない。自分って一体何なんだ。自分はどういう人間になりたかったんだ。気にかけていた女の子に何も言えないまま先立たれて、自分は生きている意味があるんだろうか。カーテンを開ける。十五夜が終わっても、月は満月に近かった。全てをリセットしたい。自分は自分を過剰に評価しすぎていた。出来るわけがなかったんだ。自分になんて。あれもこれも。彼女を失って、今の俺にはこれ以上に失うものなんてあるだろうか。


生前、海で魚の餌になって死にたいと願っていた彼女は、都会の冷たい道路に墜落した。どの生命にも命を分け与えることも出来ず、命を失った。


生きる意味がわからなくなった俺は、生活に理由を求めるようになり、理由が見つからなくなると寝ることで考えることをやめた。自分のためではなく、誰かのために生きることで、「生きていて良いよ」「だから死なないんだね」と思うことにした。そうしないと、すぐ死にたいと思うようになってしまった。自分のために笑えなくなった。だから、以前はよく見ていたアニメもマンガも、YouTubeも全く見なくなった。家族のために笑ったり、ご飯を食べたりしていたので、家族から不安がられることは少なかった。それでも時折、

「真、元気ない?」

と聞かれると、家族に心配をかけさせた自分に嫌気がさした。 


LINEニュースに「奨学金を苦に自殺か。」の見出しがあった。開くと、神田で飛び降りをした女性についての記事だった。

聖瑋が生きているのか、死んでいるのか未だにわからなかった。自分にとって、一時期、最も近い存在だと思っていた彼女の生死すら、自分一人では確認できない関係の無力さも、自分のちっぽけさを思い知らせるようで、顔の横を通り過ぎていく秋風に心が動いた。


「真くん、元気ない?」

優菜とのデートも心は上の空だった。デートなんて行く気分じゃないし、断れば良いのだが、理由が言えなかった。それに、デートに行くことで優菜が喜ぶならそれでいいと思っていた。

「なんか疲れちゃって。せっかくなのにごめんね。」

「いいよ。最近急に寒くなっちゃったし、風邪でも引いたんじゃない?」

「そうかも。」

「そしたら、今日はお開きにしようか。」

「ほんとごめん。」


自分は何をしているんだろう。もういっそのこと全部手放した方が良いんじゃないだろうか。誰とも関係を持たず、そうすれば誰かを傷つけることもない。まともに見ることの出来なかった優菜の顔。彼女が僕に言えなかったことがあるように、俺にも優菜に言えないことがある。口に出さないことで自分を保ってきた。もう伝えることの出来ないメッセージ。きっと一生それを背負って俺は生きていくんだろう。



「先生おはよ。」

「おはよう。」


まだまだ未来のある高校生。やろうと思えば何にだってなれる。俺は?ずっと立ち止まったまま。進むこともなければ、過去に戻ることも出来ない。空を飛ぶ鳥。授業を告げるチャイム。どこかから聞こえる雑談。グラウンドからのピストルの音。進み続ける世界で、なんとなく生かされて、でも心は、あの日自室で彼女の苦しみに気付いたところから置き去りになっていた。心と体が少しずつ離れていく。こんな中、俺は何を感じ、何を思って生きていくのだろうか。彼女との鮮やかな思い出も、少しずつ色を失っていく。

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