第9話

「おまたせ~」

優菜は約束よりも十五分ほど遅れてきた。

「なかなか仕事が終わらなくって、ごめんね。」

「いいよ、今日は暇だったし。」

「なかなか難しいのよね。社会的な貧困ってやつ?」

メニューを広げながら、優菜が仕事の話をする。

「あっ、これにしよ。トマトのパスタ。なんか考えちゃうのよね。大学に行くのは本当に幸せなのかって。」

「俺はドリアにしようかな。」

「大学に入るには費用がかかるじゃない。大学に入ってもだけど。将来への借金してまで大学に行くのってほんとうに幸せなのかなって。」

「でも、高卒と大卒じゃつける仕事も違うじゃん。」

自分の両親がそうだった。父親は高卒で職に就き、母親は短大卒だった。小さいころ、休みの日に父がいないことが多かった。人並みに生きるためには、こうしたところで頑張らなきゃいけないんだよ。そういって、父親は休みの日も仕事に行った。自分が大学に行きたいと言ったとき、お金ならいくらでも出すから、と応援してくれた。

「そうなんだけどさ。今日会った人が、奨学金の返済を苦に仕事も辞めちゃって、保護を受けてるんだけどね。生きていくためのお金が過去の学費に取られていく。って。社会で生きていけないのに、私は何を学んだんだろうって。」

「とりあえず、頼んじゃうよ。」

「あ、ありがとう。まぁ、私も教育学部入ったけど、真くんみたいに教育系の仕事には就いていないんだけどね。」

「でも、そうした人の話を聞く上では役立ってるんじゃないの。大学行ったこと。」

「うーん。やってきたことが目に見える形にならないと不安なのかもね。」

そういえば、聖瑋も奨学金借りてたなぁ。いつかご飯に誘ったとき、バイトを理由に断られた。聞くとバイトを三つ掛け持ちしているらしく、奨学金の返済に充てるためだという。そこまでして、大学にいる必要があるのかと思ったので聞いてみるとと、自分の人生を自分で作っている感じがして楽しいから、大学は義務教育じゃないからいやになったらやめるよ。そのために自分で学費を払っている。と聖瑋は軽く言っていた。その人もきっと大学にいたころは楽しかったに違いない。楽しかった思い出が、その後の環境の変化によって変わってしまうのは悲しいな。氷をかむ、心地よい音が耳の奥で響く。

「そういえば、猫の毛が抜けてスリムになったの。」

彼女が家で飼っているマンチカンの写真を見せる。元々はこの子は保護猫だった。それを彼女が引き取った。最初は人間不信なのか、カメラを向けられると外に逃げたいとドアに走って行くことが多かったが、今ではすっかり彼女の膝元でゴロニャンと鳴いている。

料理を食べたあとケーキが運ばれてきた。

「真君、もうすぐ誕生日でしょ。」

そうだった。すっかり忘れていた。ホワイトチョコレートのプレートに書かれた二十六歳。大学・大学院で学んだ六年間、俺は成長できたのだろうか。

「プレートがろうそくで溶けちゃうよ。」

一息でろうそくを消す。おめでとう、店中の人が拍手を向ける。

「真君、おめでとう。これからもずっと仲良しでいようね。」

優菜が笑いかける。自分も笑う。

「ありがとう、優菜。これからもよろしくね。」

お店の人に撮ってもらった写真には笑顔の二人がいた。

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