第8話
九月も中頃、思いがけない人物から手紙が来た。明るい黄色の便せんには、自分の知らない住所があった。差出人は「田中聖瑋」。大学院在学中、最も仲が良かったと言っても過言ではない女の子だ。親友だった。今だってそう。
丁寧に糊をはがす。檸檬柄の便せんには丁寧な字でこう書かれていた。
「相川 真様
こんにちは、お久しぶりです。田中聖瑋です。覚えてます?
突然お手紙が来てびっくりしていると思います。これは私が言いたいことを言うだけなので、お返事はいらないし、読んでくれなくてもかまいません。
先輩とすごした三年間、本当に楽しかった。今でも一つ一つちゃんと思い出せます。生きていて良いのかわからなくて、生きる意味が見つけられなくて、せめて大学を卒業しようと思って毎日を過していた私にとって、先輩に出会えたことは一生の幸せだと思います。
私達の出会いはきっと、運命で絶対ではなかったと思います。出会ってくれてありがとう。
先輩は、とても周りが見えていて、困った人がいるとほっておけない性格だよね。もしかしたら、あの日声をかけてくれたときから気付いていたのかもしれないね。
これから先も、きっと先輩はそうした困った人に分け隔てなく接して、たくさんの人を笑顔にしていくんだろうね。そうしたところずっと尊敬していました。
周りの人に気を遣いすぎて、神経やまないようにね。いつまでも健康で。自分をちゃんと大事にしてね。
それと、彼女さんとも仲良くね。
遠く離れちゃったけど、ずっと私にとっては大親友で、応援しています。
田中 聖瑋」
これで終わりなんだな。そう思う手紙だった。言いたいことはたくさんあった。聖瑋も十分すてきで、尊敬できる人だ。君の方こそ、家族のこと、僕のこと、顔も見たことない誰かのことを強く考えて、時には自分を疎かにしていたじゃないか。本当に出会えて良かった。そう伝えたかった。既読だけがついて、返事の来ないあの日から止まってしまったトークルームを開く。言葉を打っては消す。もう終わりにしたんだ。深入りしてしまうのは。完全に戻れなくなってしまう前に、彼女の方から終わりを告げ、僕もそれに賛同した。二人がちゃんとそれぞれの道に進むために、思ってくれている人を大事にするために、何かをはじめることはきっと、なにかを終わらせること。それが僕らの関係だった。連絡を取れなくても過した思い出は変わらないし、親友であった事実も変わらない。彼女も、新しい彼氏と楽しい思い出を築いていっていることだろう。もう秋だというのに、どこかで蝉が鳴いていた。温暖化の影響なのか、今年は九月も例年に比べると暑いそうだ。タンスから段ボール箱を出す。渡そうとして渡せなかったプレゼント。ドライフラワーのブーケだ。花はもちろん彼女の好きな向日葵。八月で聖瑋は二十四歳になった。偶然、町の花屋で見かけて、彼女らしいなと思って買ったのだが、買ったあとで渡さない方が良いなと思い、タンスにしまった。少しずつ、彼女は自分から離れる準備をしていた。それがわかったから、少しの感謝の言葉を添えてバイバイと送った。もっと伝えたいことはいろいろあったが、それを全て伝えようとすると思いがあふれて、また思い出の海に君を引き込んでしまいそうだったから、必要最低限のことだけを送った。こんな風に手紙が来るなら、ちゃんと書けば良かった。少し後悔する。
スマートフォンに通知が入る。彼女の瀬川優菜からだ。
「今日、仕事後、駅で良い?十九時までには終わると思う!」
今日は金曜日。高校で講師をしている自分は休みだが、市役所の市民課で勤務している彼女は普通に仕事なのだ。最近は、福祉課との連携で社会的に孤立した市民の支援についてのプロジェクトに取り組んでいるらしく忙しそうだ。
「いいよ。」
そう送ると猫のスタンプが返ってきた。
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