第7話
急いで駅に向かったつもりだったが、もう電車もバスもなく秋葉原駅のマックで夜を明かすことにした。次の日が休みと言うこともあってか、割と店は混んでいた。先日まで、最後のご飯だからと、なるべくファストフードやチェーン店のご飯は遠ざけていたのだが、やはりポテトはおいしかった。昔こんなこともあったなぁ。いろいろな男の子と夜を過した日々を思い出す。空腹にポテトを詰め込んだせいかすぐに気持ち悪くなったが、生きている感じがした。いつもは不快な油の匂いも、磯臭さよりは何倍もマシだった。スマートフォンは電源を切っていたおかげで、充電はほとんど残っていた。LINEニュースを開く。今日、大阪府の高校生が自殺したみたいだ。電車にひかれたらしい。昔の私は、電車に飛び込んで死ぬ人の事を迷惑なやつだと思っていた。だから、死ぬなら誰の迷惑にもならないように。死んでまで、誰かに批判されるのはいやだった。だから海を選んだ。それなのに、飛び込む勇気がなかった。自分に勇気がないのはなんとなく感じでいた。だから殺人を望んだこともあった。偶然によって終わらせて欲しかった。でも、先輩がすっごく怒ってた。「そしたら、そいつを殺すよ。」って。でもそれって負の連鎖で、私以外誰も幸せにならないなって思って、そんなものに期待することをやめた。それで良かったと思う。死んだ高校生に問いかける。どうしてそんな勇気が持てたの?生きる勇気よりも、死ぬ勇気の方がずっとずっと必要だってことを今日知った。生きることは、多くを望まなければ維持できる。贅沢な生活とか自分の心とか、何かを少しずつ殺しても、命を殺さない限り、生き続けてられる。人間は欲を持ちすぎたのかもしれない。どうして、ただ生きているだけじゃダメなんだろう。何かを持っていないと人は生きていけないのだろうか。どうして私は、ただ生きているだけの私を認めてあげられないんだろうか。何も持っていない私は、生きていて良いんだろうか。死んじゃダメだというのなら、教えて欲しい。この世界に私が生きている意味を。どうして、苦しい思いをしてまで生きていないといけないんだろう。いつ抜け出せるかわからない暗闇。手はさしのべられるのだろうか。その手の先にあるのは誰?信じられなかった。先輩も、家族も、私も。生きているのに理由はいらない。と大人はよく言う。でも理由がないから、揺らいでしまうんじゃないんだろうか。逆に死ぬのには理由がいる。というか、死ぬための信念とか理由があって、決行する。じゃなきゃ、そんな強い勇気持てない。私は今年で二十四歳だ。憲法によれば成人らしい。でも、私はちゃんと大人になれた?小さいとき、二十二歳で結婚して、二十四歳で子どもを産んで、若くて綺麗なお母さんになりたかった。ドーナツ屋を開いて、毎日おいしいドーナツを焼きたかった。それがどうだ。毎日パソコンに向かって、データを入力する日々。生産するのは甘くておいしい温かいドーナツじゃなくて、無機質な紙。家に帰ってインスタント食品を食べる。お給料だってそんな多くないから、テレビで見てあこがれたおいしいものも行きたい場所にも行けない。あこがれていた海だって、全然綺麗じゃなかった。SNSを開けば、輝いた生活が並んでいる。その裏ではみんなこんな思いをしているのかもしれない。でも、画面を見ているだけでは、それがわからなかった。どうして、私だけこんな惨めなんだろう。そう嘆いては、自業自得だと言い聞かせた。少しずつ、少しずつ自分にヒビが入っていく。直しても直しても、ヒビ割れが伝線して、全てが粉々になってしまうような致命傷が来ることをおびえていた。誰かの手で、何か別のものによって壊されるのなら自分の手で。それも叶わなかった。自分は本当にダメなやつだ。何のためにここまで来たのだろう。本当は、こんなことをする勇気なんてそもそもなかったんじゃないか。財布には、ご飯を食べるのに不自由ない金額が入っていた。決断を中止したとき、真っ先に浮かんだのは自分の体裁を守るために手紙を止めることだった。どこまでも自分は弱い人間で情けなかった。気付いたら疲れて寝ていたらしい、目を覚ますとディスプレイには「六時八分」と出ていた。店を出ると、外は薄紫色だった。目の前を電車が通過する。新鮮な空気を取り込もうと、深呼吸をしながら歩く。急いで帰るのでなければ、東京駅からバスで帰ろう。秋葉原から東京駅までは歩けない距離ではない。明日から、この世界でちゃんと生きていこう。来たくてなかなかこれなかった東京の風景を記憶に残す。思っていたよりも、普通の場所だった。でも、通り過ぎるサラリーマンも、道ばたでゴミを漁るカラスも、チェーン店の看板もすべて朝日に照らされていた。私もちゃんとその光の中にいるのだろう。帰ったら、郵便を取りに行かなきゃ。歩行者専用の橋を上る。地面に朝日が反射してキラキラしている。息を吸うと、さわやかな風と少し下水の匂い。前方から来る犬が愛想良くこちらを見る。犬は好き。だって賢いから。東京駅にパン屋さんはあるだろうか。あったらそこで朝食をとろう。電車賃の節約のために二駅分歩いたし、良い運動をしておなかがすいてきた。靴のかかとがリズミカルに音をならす。手を大きく広げたくなる。でもそんなことしない。家に帰ったら、彼氏に電話しよう。「LINE返すのおそくなってごねんね。」って。先輩からは、こなかったなぁ。当たり前か。何を期待しているんだろう。どんなことを思っているとか、どんな感情をあなたに抱いていたとかちゃんと声に出さないと伝わらないのに。あのとき、殺されたいって言ったとき、生きていて欲しいって、そばにいて欲しいっていって欲しかったのかもしれない。私を殺す相手じゃなくて、私を見ていて欲しかったのかもしれない。橋の下をみる。ここから落ちたら死んじゃうんだろうなぁ。朝とは言え、車が一定量走っている。日に照らされて反射する車体はまるで、泳ぐ魚のようだ。
朝焼けに、波の音ではなく、車のブレーキ音が響いた。
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