第4話

先輩が用意した旅館は、すごく良い旅館で貸し切りの露天風呂があった。料理も飲み放題がついていて、一品ずつ運ばれてくるものだった。おなかが満たされて、お酒の開放感と共に風呂へ行った。なんとなく恥ずかしくて、背中を向けて服を脱いだ。お湯が少し白く濁った温泉で良かった。と思った。全身がしっかり見えるのがいやだった。お風呂から上がると彼からLINEが入っていた。

「家族には無事会えた?寂しいけど、我慢するね」

文面を見て、ものすごく後悔した。彼に嘘をついていることがとてつもなくいやだった。先輩に悲しんでいるのを悟られないようにした。お酒と温泉で肌が赤くなっているから、少し悲しい表情になってもおどけているように見えた。お風呂もすんで、行為への準備は整った。そしてもちろん、先輩は用意してきていた。私は断る理由がなかったけど、行為中彼への申し訳なさがいっぱいで早く帰りたくなってきた。先輩は、彼女への罪悪感を感じたりはしないの。そう思うと、とても不安になった。行為が終わると、行為の疲れを言い訳にすぐに寝た。寝て早く時間が過ぎれば良いと思った。でも、目をつむるとぐるぐると考えが出てきて、気持ち悪くなった。涙が出そうになって、強く目をつむった。私は実感した。彼のことが好きなんだな。と。

旅行のあと、先輩に彼氏が出来たことを告げて謝った。電話越し、先輩は戸惑っていた。声が悲しそうになるのがわかった。思い出が汚れていくのがいやで、これからも仲良くしていて欲しい。そう先輩に告げた。どんな楽しい思い出も男女だからって理由で後ろめたくなったり、綺麗じゃなくなったり、消し去りたくなってしまうのであれば、男女とかじゃなくってただの友達ってすっぱり割り切ってしまおうと思った。異性。そう思うから愛だの、恋だの生まれてしまう。何でもないただの友達。平行線でどれだけ時間を重ねても何にもならない、特別な感情が湧くこともなければ、一緒にいる時間がただ楽しい、その時間にしか生きられない関係。そう思って、一人で期待していた三年間の自分にさよならした。心のどこかではまだ醜い私が残っていたのかもしれない。もし、彼のことを話したら止めてくれるかなって。嫉妬してくれるかなって。そんなことはなくって、必死に関係を切ろうとする先輩に、会わなくても良いから、関係だけは切らないで欲しいと私はいった。どうして、一線を越えてしまっただけで、心から通じ合えると思った人を手放さないといけないんだろう。それはアダムとイブのリンゴのようなもの?性行為で快楽を楽しんでいるのはヒトとイルカだけらしい。必死に彼に近づこうと思って手に取った図書館の本で読んだ。また、妊娠をした雌のマウスは別の雄の匂いを嗅ぐと流産してしまうそうだ。どうして人の身体はそういう作りになってくれなかったんだろう。どうして、神様は愛していない人とも性行為を出来るようにしてしまったんだろう。いじわる。世の中全てがうまくいっていない気がして、枕を投げた。それから、先輩から電話やメッセージの来る頻度が減った。その分私は、彼氏と過す時間が増えた。人に隠れてこそこそ行動をしていたころと打って変わって、好きな場所にご飯を食べに行ったり、一緒に買い物をしたり、明るい時間に外に出られることがうれしかった。彼氏とのご飯の記録をSNSにあげたり、一生懸命時間をかけておしゃれした姿を喜んでくれることがうれしかった。二人でいる時間を写真に残せることもうれしかった。ちゃんと「恋愛」をしている。そう感じた。そうした写真をみて、先輩は「とても楽しそうにしているから、自分もちゃんと前を向きたい。だからここで、もう縁を切ろう。」と言ってきた。訳がわからなかった。私はちゃんと前を向いた。彼氏も好きな人と付き合っている。先輩も先輩の彼女も好きな人同士で付き合っている。この関係にこれ以上手を加えなくって良いじゃないか。これ以上の幸せなことはないでしょう。この四角関係の中で、さらに関係をどうこうしようとしている先輩の行動がわからなくて、そこまでしなくて良いと返した。私だって苦しい思いで、三年間を思い出としてしまい込んだのだ。これを再び取りだして中身を捨てる。そんな辛いことしなくて良いと思った。ゼロか百しか男女の関係はないのだろうか。名前のつく関係だけが、二人を表す関係なのだろうか。もう行為を行うことも会うこともきっとない。連絡だって必要最低限にすれば良い。だからといって、縁を切るまでしないといけないんだろうか。私の選択は間違っていたんだろうか。きちんと私と先輩が前を向くために彼の好意を利用した。私の気持ちは終わりを告げたけれど、それ以外の三人は無傷なはずだ。うまくいったと思っていた。どうして、幸せだと感じられないんだろう。その日から、先輩と連絡をとるのを一方的にやめた。どうしたらいいかわからなくなったから。彼氏にも、資格の勉強があるから。そういって連絡の頻度を減らした。人間関係でぐだぐだ悩んでいて、ずっと出口のない迷路みたいで、全てから一度離れたかった。壊してしまう勇気がなかったから、一人で逃げた。InstagramもTwitterもIDとパスワードを控えて、ログアウトした。そうしたことの効果もあってか、非常勤の職場で一ヶ月後に常勤の採用試験が行われることが発表された。半分でっち上げの資格の勉強も、現実になった。SNSを遮断したことは私にとってプラスになった。一月後の採用試験を経て、結果は採用となった。常勤として働くのは、次年度四月からであるが、給与も低く福利厚生も心許ない非常勤から常勤に勤務形態が変わることは、実家の親も喜んでくれたし、自分の将来も明るくなった。彼氏は採用を喜んで、有名なケーキ屋さんのタルトを買ってきてくれた。「今の時期、本当はイチゴじゃないんだけど、聖瑋ちゃんイチゴ好きだから。」名前入りのチョコレートプレートは暑い夏には重たいくらい甘かった。幸せだった。うまくいっている。そう思って、ログアウトしたSNSを再度ログインした。イチゴタルトの写真と共に、採用試験に合格したことを報告した。三日後、先輩から「バイバイ」とLINEが来た。

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