第38話
地面を転げまわる裸の男。
身体中に傷がある。
特に目立つ傷が二つ。
「いでぇえええ!! 何だ、何が起きている!!」
周りのアノイトス軍兵士も、訳が分からないと言った様子だ。
そこへ、ヒエムスの元領主私兵が、プププートを取り囲み、槍を向けた。
「な、何だ貴様たち! おい、余が誰だかわかっているのかっ!」
私兵たちの目は、殺意に満ちている。
誰も、止まる気はないようだ。
「兵共! 余を助けぬか!!!」
アノイトス国王軍兵士は、その声に応える。
私兵たちと対峙した。
それを見たアズバルドが、ヒーロスに慌てて声をかけた。
「殿下、まずいです! せっかく……」
「大丈夫だよ、ほら」
ヒーロスに言われ、対峙している場所に目を移すと、馬上からエクエスが声を荒げた。
「やめーい! 戦は終わった!!! 皆、この地は身体を冷やす、すぐさまヒエムスへ越境せよ! 状況の説明は、しっかりと休んだ後だ!! その者には縄を打って、さるぐつわをせよ。医療班の元へ連れて行け!」
エクエスの指示で両軍越境していく。
総死者数一万二千。重軽傷者を合わせると二万を超える。
逃亡者は数千。
そのほとんどが、元アノイトスの住人だ。
操られてたとは言え、この戦いは両者に深い心の傷を残した。
兵を止める者、酒に溺れる者、涙に明け暮れる者……。
この激戦は、後に「春冬の合戦」と言われるようになる。
両国の国境線を中央とし、慰霊碑と墓も建てられる事となる。
数日後、ヒーロスは、アノイトス王となる宣言をした。
そして、戦後処理をエクエス、アズバルドを中心に、元貴族たちに任せ、アティアとヒエムス王都へ行く。
そこで、改めて「王」として、ヒエムス王と対等の立場で対談。
領国が血盟をもって、いかなる場合でも、互いが互いを助け合う条約が結ばれた。
プププートも、ヒエムス王都に連行された。
その最中、荷馬車の檻の中で、幾つも投石を受けることとなった。
屈辱の中、ヒエムス王宮の地下にある、狭苦しい牢獄へと繋がれる。
彼はこれよりひと月程、牢獄暮らしとなった。
――ヒエムス王都聖楼。
祈りの間。
そこに、アティアとヒーロスの姿があった。
ヒーロスが王となった事で、誓約の儀が行われているのだ。
誓約の儀は、王、聖女の婚約者が必ず行うものだった。
しかし、アノイトス前王がプププートには行わせず、また、プププートも追放するという暴挙で持って、代々の伝統を蔑ろにした。
もし行っていたら、どうなっていただろうか……。
「――誓約の儀の前にお尋ねした事があります。陛下」
「陛下はやめてくんない?」
「さすがにそう言うわけには……」
「じゃーさ、二人の時くらいは名前で呼んでよ」
「わかりました。ヒーロス様」
「で、何?」
「ヒーロス様ならお判りでしょう。アノイトスの事です。わたくしは、この地を離れません」
ヒーロスは、 最終手段としてアティアの強奪を画策していたと、ケロっと言ってしまう。
しかし、これはアティアに会い、話し、人々の生活を見て、その案はない。
そう思ったという。
だいたい好きな人に嫌われたくないし、と。
もう一つは、両国国境の近くに聖楼を建て、行き来してもらう策。
しかし、これは危険な気がしていたと言った。
神を謀る行為だからだ。
それによって、力が失われたら、元も子もない、と。
ヒーロスは持論を展開した。
アノイトス王都は、国の北の地にある。
要するに、聖女がどこで祈っても、国境までしかその力が及ばない仕組みなのではないか。
聖女の居る位置を中心に、円のように広がっているわけではない。
その「国」と決められた国境までしか及ばない。
「それも、話せない秘密なんじゃないの?」
「……はい」
「やっぱね」
だから、もう一つの案に賭けたという。
自分が王となり、誓約の儀を行ってもらう事。
それによって、力の秘密を知れば、打開策が生まれるかもしれない。
もし、打開策が生まれないのであれば、それは、自分がアノイトスの最後王として、国に幕を引く覚悟だった。
そう語った。
「何も死ぬことは無いではありませんか!」
「なるほど、その反応からすると、秘密を知ってもどうにもならないようだね」
「……そ、それは……」
アティアは、スカートを握り、手を震わせた。
ヒーロスは、そんなアティアに笑顔で。
「僕はこう見えて諦めが悪いんだ。とにかく、誓約の儀をお願いするよ」
アティアは、ヒーロスのその屈託のない笑顔に、胸の中で思いをしまい込み、誓約の儀を行っていく。
ヒーロスは言われるがままに、虹水晶に手を添えた。
アティアは、手を胸の前組み、天に向かって呼びかける。
すると、天から光が降りて来て、虹水晶に吸い込まれていく。
祈りの間は、水晶の強い光りを受け、二人が見えなくなるほど白くなった。
「――誓いますか?」
「誓います」
ヒーロスの誓いを聞くと、やがて光は落ち着き、水晶が淡く光るだけとなった。
「なるほどね、そういう事だったのか。概ね予想していた通りだったけど、魔物が人間の悪意から生まれた存在だったなんてね、これには驚いたよ」
ヒーロスが、誓約の儀で虹水晶から流れ込んで来た、秘密の数々。
それは、太古の昔に遡る。
全ての神を統括し、世界を作り出した
人も動物も草花も。
人は、始めは互いに助け合い、様々なものを生み出し豊かに暮らしていた。
その頃、人とにとって神は近しい存在だった。
だが、人は次第に欲を出すようになる。
より多くを望む。
無駄に動物を狩って、または飼って遊ぶようになる。
人同士で騙し合い、略奪、殺人、戦争……。
そうして、魔物を生み出した時には、誰も神に祈らなくなっていた。
大御神は、穏やかな気候と豊穣を人々から取り上げた。
世界には、夏と冬しかなくなった。
――何故、神は全ての人を救わないのか――
「裏切ったのは人間の方だったわけか。魔物なんて生み出したら、そりゃ見限られるよー」
そこに、現れたのがアノイトス初代国王となる若き男。
その男は、日々祈り、諍いがあると聞けば、どこにでも行って止めに入った。
それは、何年も何年も続いていたある日。
それを見止めた大御神が、彼に魔法の力と聖女を下賜したのだ。
彼は、その力と聖女を連れ、当時アノイトスを支配ていた邪龍を討伐した。
聖女は、始めは癒しの力しかなかった。
しかし、大御神が女神エウポリアに気候と豊穣の力を授けるように、命じたのだ。
エウポリアは、それが、国中に行き渡るために必要な聖楼を作らせ、日々祈る事。
そして、自身に纏わる力の秘密を決して口外しない、誓約を二人に結ばせた。
アノイトスの開闢の歴史はそこから始まった。
周りの国々が羨むほどの繁栄を謳歌していくことになる。
隣接する国々から攻められることもなく、魔物も出ない。
攻めた所で敵わないと分かっていたからだ。
当時、既に夏と冬だけだった国々は人口を減少させ、人々は草臥れていた。
むしろ、豊穣の地となったアノイトスに移り住んでくる者の方が圧倒的に多かった。
「やはり、一国のみ……か」
「はい……」
「アティアが使える癒しの力って、突然発現したの? 初代聖女様はそのまま創造されたってことだけどさ」
「実は――」
アティアが今度は語り出す。
戦争が始まった日。
アティアが、祈りを捧げていると、声が聞えて来た。
以前、ヒーロスに話したように、女神と対話できれば。
そう、女神エウポリアが目の前に現れ、対話したのだと言った。
しかし、ほぼ一方的に眠るもう一つの力。
癒しの力を発現させるから、ペンダントを準備し、戦いが起きている場に行くよう言われたと。
そして、多くの兵士と――。
「――わ、わ、わ……」
突然、口籠る。
ヒーロスは、イタズラっ子の笑みになった。
「当ててあげようか?」
アティアは、その顔をみて、真っ赤になった。
悔しかった? 違うだろう。
恥ずかしかったのだろう。
「……そ、そういう事ですから!」
「えー、それじゃわからないよー」
「もう、話しません!」
アティアは、少し頬を膨らませ、横を向いた。
それを、しばらく楽しそうに眺めているヒーロス。
そして――。
「――ねえ、アティア」
アティアはまだ、そっぽ向いている。
「ちょっとさ、二人でヤってみない?」
アティアは、目玉が飛び出る程驚いて、ヒーロスに顔を向けた。
そして、少し怒り顔となる。
「ここを、どこだと思っているんですか!!」
「えー、聖楼」
「そのような、神聖な場所でば、ばば、罰当たりです!!」
「僕がヤろうといったのは、二人でエウポリア様を呼んでみないって事だよー」
アティアは、きょとんとなって、そして、何かを取り繕うように、そういう事かと手を打ち鳴らした。
「くくくく。なーにを勘違いしちゃったんだろうね、女神様」
意地悪なことだ。
アティアは、耳まで赤くなった。
ヒーロスは、イタズラな笑みを消すと、真剣な表情になる。
「さぁ、本当の僕らの気持ち、両国を救いたい。それを、ぶつけてみよう」
アティアも、直ぐに真剣な表情となった。
二人は虹水晶に手を置き、もう片方を互いで握りしめ合った。
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