第31話

 あれから数日。

 アノイトス側に動きがない。


 もう人と呼べるのかも分からない兵士たちが、越境して来ては生えている草や、木の実を貪るだけだった。


 初の激突の日の夜。

 ヒーロスが時間稼ぎと、数百の魔物をほふっていた時。

 

 ヒエムス側では、夜中に逃走した兵士が結構いた。

 そのすべてが、私兵、傭兵からだった。


 仕方がない事だろう。

 しかし、逃げてどこに行くというのだろうか。

 また、家族を連れて他の国へと行くのかも知れない。


 この戦がどうなるにせよ、逃げた者たちは、その事実と一生向き合わなければならなくなるだろう。

 

 この数日では、未だ回復を見ない重傷者。

 腕や足を無くし、戦列を離れたものも多くいた。

 現状の戦力は総数二万。

 

 回復したものを含めても、この数にしかならなくなっていた。

 天幕の中。

 ヒーロスは、考え込んでいるようだ。

 そこへ、アズアルドが声をかけた。


「殿下。これ以上、逃亡者が出てしまいますと……」

「問題はそれだけではない」


 答えないヒーロスの代わりにエクエスが声を発した。

 

「……と言いますと?」


 エクエスは、自分で考え答えを出してみろ。

 そんな表情で黙っている。

 アズバルドは、エクエスの副官となって数ヶ月。

 こうしたやり取りが多い事で、自ら考える努力はしている。

 しかし、まだ若く、経験も足りない。

 だから、直ぐに聞いてしまうのだった。

 

 それは、至って普通と言える。

 むしろ、勘も鋭く、頭の回転も速い。

 同じ歳の他の兵士よりは、かなり優秀な方だと言えよう。

 ヒーロスが異常なだけだとも言える。

 

「数日、味方が減る。それ以外の問題……」


 アズバルドはブツブツと呟いている。

 兵站。兵の士気。作戦などの問題を思考しているようだ。

 そして。


「……敵が動かない事に大きな問題がある、という事でしょうか?」


 エクエスは答えない代わりに、目を瞑り口を少し緩ませた。

 そこへヒーロスが、問う。


「動かない事の何が問題だと思う?」

「……我々の味方が減って行くのを待っている事でしょうか?」

「それだと、君がさっき問題視していた事に戻るだけじゃん」


 アズバルドは、考え込む姿勢になると、目を上下、左右と移し、首を捻ったりしているが、中々答えが見いだせないようだった。

 そこに、ヒーロスが人指し指を上に立てて。


「ヒント。待ってる……こちらの兵が減る事。それもあるだろうけど。他の二つがもっと重要だと思うんだ。さて、何を待ってるんでしょう?」


 アズバルドは、一つの答えを出した。


「我々に、先に手を出させようとしている……?」

「うんうん、正解に近いよ……」

「あちら側に越境させようとしているのだ」


 エクエスが口を挟んだ。


「あー! 何で答え言っちゃうかなー。エクエスが考えさせたんでしょ?」

「あ、は、はぁ、申し訳ありません」


 エクエスは、苦笑いしながら頭をかいた。

 ヒーロスは、口を尖らせている。

 そこへ、もう一つの答えをアズバルドは導き出した。


「まっ、まさか、もう一つは援軍を待っている……と?」

「大正解!!」


 ヒーロスは満面の笑みでアズバルドに顔を向ける。

 そして、直ぐに怖いくらいの眼差しとなった。


「僕はね。さっきまで考えてたのは、長期戦になればなるほど、こちらが不利になる可能性が高いってことさー」

「殿下は、だからこそ、相手の策に乗って越境するべきか、他に虚をつく方法はないか、そうした事をお考えであったのだ」

「……そうでしか……至らず申し訳ありません」

「いいのいいの。君はこれからすっごい優秀になっていくと思ってる」

「お、恐れ入ります!」


 ヒーロスは、またしばらく考え込んだ。

 そして、天井を見つめると。


「あー……アティアに会いたいなー……」

「殿下、このような時に、色恋など……」

「えー、だからでしょ。アズバルドだって辺境伯のさー……」

「そそそ、その話はご勘弁ください!」

「ははははは」


 そこへ、天幕の外から緊急を知らせるように声が掛かった。


「で、で、伝令!!」


 三人に一気に緊張が走り、厳しい顔になる。

 エクエスが、外の者に向って。


「動いたかっ!?」

「ち、違います! せ、せ、聖女様がお見えになられました!!」


 その言葉に、三人は同時に。


「――は?」










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