第32話

 天幕が片膝をついた二人の兵士によって両開きになる。

 そこに、見事な礼を取っているアティアが居た。


 天幕の中の三人は呆けてしまって、声を発する者は居ない。

 そこへ、アティアは入っていく。

 テーブルを挟んでヒーロスと対峙し、誰もが驚く発言をした。


「わたくしも、この戦に参加致します」


 呆けている三人の頭に、その言葉が沁み込んでくるまで時間がかかった。


「――ちょちょちょちょ、何言ってんの? てか、何で来たの? 祈りは?? え、ええ??」


 さすがのヒーロスも驚き、この慌てようだ。

 アティアは、優しさ溢れる聖女らしい微笑み。


「お見せ致します。どうか、お付き合いを」


 男三人は、互いに顔を見合わせた。

 アティアは、踵を返し天幕の外へ歩きだす。

 片膝をついたまま、二人の兵士は幕は開けたままだった。

 ここに来るまでの間に、アティアに直ぐに出るとでも言われてたのかもしれない。

 

 アティアは、天幕の外へ出ると、腕をを行く手に伸ばし。


「さぁ、参りましょう」


 そう言った。

 アティアが三人を連れて向かった先――。


――戦時医療班がいる大テントの一つ。

 ここで集中的に、回復魔法や調合薬などを飲まされているのは、重傷者だ。

 それなりに回復した者は、テントの外の空間で寝かされている。

 または、へたり込んでいる。


 回復魔法は、かなり高度な医療知識と技術、そして体力を要すると言われている。

 ポンポンと傷が治っていったりしないのだ。

 むろん、腕や足を失った者を元に戻す事など出来ない。

 傷口を包帯で巻いて止血。

 調合薬を使って痛み止め。

 

 医者のしていることを、さら補助するのが回復魔法だ。

 神経を繋ぎ合わせたり、血管を繋ぎ合わせたり、中でも内臓の治癒には本当に時間を要するのだ。

 回復魔法を使わなかった場合、完治に半年はかかるものだった場合は数週間。

 一ヵ月のものなら三日など、そうした程度だ。

 

 しかも、かなり使い手が少ない。

 テントの奥には息が上がり、大量に汗をかいて座っている者たちがいる。

 実は、魔法自体を使えるものが多くない。


 だからこそ、そうした才能に恵まれた者は、基本医療班に回され、技術、知識、そして体力を付けさせられる。

 これは、アノイトスの国法であった。


 攻撃魔法の場合も、相手を打ち倒せるほどのものを扱えるのは、はっきり言ってしまえば、ヒーロスとエクエスくらいだ。

 火をつけることが出来る、お花に水をあげる。

 それくらいは出来るものはいるが……。


 であったから、プププートが王の観覧試合の時に見せた魔法に多くの者が驚いたのだ。

 それを見ていた当時のヒーロスは、既にその時には、プププートがサキュバスによる性魔法で強化されていた、と見抜いていたが。


「あの者に致しましょう」


 アティアは、このテント内を見回し、一番の重傷者、寧ろ重体に近い者の元へと向かう。

 三人もそれについて行く。


 数人が必死に治療に当たっている。

 そこへアティアは声をかける。


「少し下がっていて頂けますか?」

「せ、聖女様!? い、いけません。このような者を見ては。そ、それに今は手が離せません」


 ヒーロスが、下がるよう命令した。

 治療に当たっていた者からすれば、今にも死んでしまうかもしれないというのに、といった思いだったろう。


 そのものは腕と足が無く、胸や腹に内臓までと届いている槍の傷痕が数か所あった。

 アティアは、両の掌をその者へとかざし、瞼を閉じる。


 淡い温かな光が患者を包んだ。

 すると、見る見るうちに傷口が塞がっていく。

 さすがに、腕や足は生えてこなかったが、包帯から滲んで垂れていた血が止まっている。

 先ほどまでうなされ、痛みに苦しんでいた患者も、だいぶ安らかな表情となった。


 アティアは少し、ふらついたが、ゆっくり深呼吸して額の汗を拭った。

 それを見ていた医療班たちが驚きの声をあげる。

 

「完全に回復はさせられませんが、わたくしもお手伝いは出来ると思うのです。さきほどまで治療に当たってらっしゃった方々は、どうか受けたダメージや体力の回復のために魔法をお願い致します」


 そう言って頭を下げた。

 ヒーロスもさすがに回復魔法が使えるなど聞いていなかった。

 しかも、超速治癒とも言うべきもの。

 その才は、魔法違いではあるが、ヒーロスをも凌ぐ。

 そう見えた。


「君は、こんなすごい回復魔法が使えたとはね」


 アティアは、ヒーロスに向き直ると、首を横に振った。


「魔法ではありません。詳しくは申せませんが、聖女の癒し……とだけ」


 詳しくは話せない。

 それは、ヒーロスが以前聞きだそうとして、教えてもらえなかった聖女の力にまつわる秘密。 


「そっか、この会ってない数日の間に、何かがあったんだね」


 アティアは、少し不思議そうに、どうしてそう思うのかを尋ねた。


「君の性格なら、こんな力があったら、進んで使うはずだよ。隠したりもしないさー」

「わたくしの事を、よくご存じなんですね」

「そりゃね。小さい頃からずーっと見てきたんだし」


 アティアは、今度は困惑した顔になった。


「ずっと……それは、どういう意……」


 ヒーロスは、テントの出口に向かって既に歩きだしている。

 そして、アティアの問いを遮って。 


「後で話そう。今は、やることがあるんでしょ」


 そう言って片手を振りながらテントを出て行く。

 ついて来たエクエスもアズバルドも、アティアに会釈すると、ヒーロスの後を追った。







   

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