第27話

 第一次戦闘終結後。

 激戦のあった草原に無数の死体が転がっている。

 それらは、月下に照らされては、雲がかかって見えなくなる。

 

 辺りは血臭が漂い、鼻を覆いたくなる惨状だ。

 一万対三万の戦いにおいて二千対三千の死者数……。

 指揮官一人と上位と思われる魔物を互いに失った。

 しかし、どちらが痛手をおったのかは、見れば誰でもわかるだろう。

 ポロボロの私兵たちは、疲れ切り憔悴している。


 戦争を知るものであれば、軍配はアノイトス側にあると、判断されてしまうだろう。


 夜営の中、おのおの兵士たちは食事を取っている。

 口に次々に掻っ込む者も居れば、喉が通らず進んでいない者もいる。

 泣き崩れている者、茫然としてる者……。


 初の戦争体験。

 それが、こんなに悲惨なものだったとは、想像したことはあっても、やはり体験してみないと分からないものなのだろう。


 元アノイトスの貴族だったものたちは、机を合わせて繋いだ長テーブルに集まり、神妙な面持ちだ。

 辺境伯がおもむろに口を開いた。


「ポロボロ殿は、我らの中でも、最も陛下を恨んでおられた……」


 そこへ、腕を組みながら頷く男。


「全くである。無念ここに極まれり……であろう」


 それへ答える別の男。

 

「その通りだ、ナダニアス殿。操られていたと知った今でも、我が娘を思えば……」

「イルアルゼン殿……」


 その後、重苦しい空気の中。

 元アノイトスの貴族たちは、互いに愚痴や嘆きを語り合った。


 一方、総大将の天幕。

 入り口に、丸型にギザギザと穴が開いている。

 その中にヒーロス、エクエス、アズバルドが居た。


「――お見事にございました」


 エクエスが、ヒーロスに賛辞を送った。

 ヒーロスは、顔色を変えて叫ぶ。


「見事なものかっ!!」


 ヒーロスは、握りしめた両の手を机に打ち付ける。

 理由を知っているのだろう、アズバルドは神妙な面持ちで。


「……殿下……」


 理由を知らないエクエスは、そのヒーロスの態度に、何かを察したのだろう。


「殿下はおっしゃっておりました。人は一人では出来ることに限界があるのだと……」

「わかってる! ……わかっている……」


 ヒーロスは、打ち付けた手をそのままに、震わせていた。

 エクエスが、ポロボロを助けられず、次々と魔物による魔法によって兵を失っていた時。

 ヒーロスは、大魔法を打ち込むため、時間がかかっていた。

 敵に悟られぬよう、天幕の中で魔力を手に蓄積させていたのだ。

 動いて当たらないでは話にならない。

 

 逐一、アズバルドに報告させながら、位置を特定し、あの魔法を打ち込んだのだった。

 その間に、多くの兵を失ってしまった。

 重傷者は直ぐに回復させる事もできない事から、死者はニ千、重傷者四千……。

 計六千の兵士を失ったに等しかった。

 次の戦闘は二万四千という事になる。


 あどけない少年。

 しかし、彼は一国の軍隊を率いる総大将である。

 しかも、お飾りではない。

 その重責は計り知れないだろう。


「君たちは……」


 少し、落ち着きを取り戻し、ヒーロスは声を発した。

 

「君たちは、思い残すことはない?」


 エクエスもアズバルドも、その問いには答えなかった。

 いや、答えられなかったのだろう。

 ヒーロスは、そんな二人を見て複雑な笑みをこぼした。


「僕さー、ここに来る前にね。アティアに告ったんだー……」


 エクエスもアズバルドも、ヒーロスの表情から伝わるものを感じているのだろう。

 ただ、黙って聞いている。


「死ぬ前に悔いは残したくないでしょ? 断られちゃったんだけどね……。でもさー、告ったらね。告ったらさー……。絶対死にたくなくなちゃったんだよ……。今さっき死んじゃった人たちもさ、同じ思いだった人たちが大勢いるだろうって思って……はは……」  


 天幕に響く空笑い。

 エクエスは、いつも通りに目を瞑っている。

 アズバルドは、思うところがあるのだろう。

 肩を震わしている。


「さてと、しんみりしてても始まらないよねー。ちょっと行ってくるね」


 アズバルドが、どこへ行くのか聞くと、振り向いたヒーロスは、既にいつものイタズラっ子な笑顔を見せる。

 無邪気に少年ヒーロスは言った。


「決まってるじゃん。敵陣にご挨拶」

「――なっ!?」

 

 そう言うと、鼻歌交じりに天幕を後にしていった。

 残された二人は呆けて、止める時間もなかった。


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