第26話
「――兵士諸君!! 家族の顔を思い出せ! 愛しき人を! 竹馬の友を! 我々が敗れれば、その者たちはどうなるかっ! 略奪され、凌辱され尽くすだろぉ!! それで良いのか、良くないと思うのであれば、奮起せよぉおお!!」
エクエスは、縦列を並走し、前へ前へと馬を走らせながら、幾度となく戦意高揚のため、声を荒げた。
やがて、敵の矛先が見えて来る。
エクエスは、縦列の先頭に躍り出た。
両翼は、合図を待っている。
エクエスは、両翼の先頭部隊に、回り込まれないよう固く防御するよう伝令を出す。
敵は眼前。数軒の距離まで迫ってきている。
最も張り詰める瞬間だ。
敵が走り出した。
未だ、怯えの取れぬ味方兵士たちが、小さな悲鳴を漏らす。
エクエスは、後方のそんな者たちに背中で応えて見せた。
戦とは、こうするのだ、と……。
「はっ! 一番槍は、この総指揮官! エクエスなりぃいい!!」
馬に勢いよく鞭を打ち込み、敵最前線へと突っ込んだ。
偃月刀のような大薙刀を振り回し、元同僚たちを躊躇いもなく切り捨てていく。
しかし、敵も次々と槍を突き刺してくる。
エクエスは、顔に腕に、そして足に切り傷を受けた。
だが、全く怯まず蹴散らす。
「わっはっはっはっは! 何たる弱兵かっ!! もの共ぉおお! これを見ても、まだ動ずるかぁああ! さぁ、かかれ、かかれぇええい!!!」
エクエスの言葉に、次々と
両翼の先頭部隊を残し、一斉に横撃を開始し始める。
縦列部隊も、先頭から次々と覚悟が決まった者たちが、最前線へ突撃していく。
エクエスは、近くにいる味方たちを、手の届く範囲で守りながら、袈裟に横薙ぎに半月にと、獅子奮迅の活躍。
「重体となった者は捨ておけ! 軽重傷者は隣接するものが、後方へ連れて行け! 指示通りに動くのだ!」
そんなエクエスの横に、馬を走らせ男がやってきた。
力いっぱいに槍を敵の喉元に突き立てる。
「ポロボロ殿、指揮官が前に出ては……」
「エクエス殿こそ、総指揮官ではないかっ、ふん、確かに弱い!」
突き立てた槍を抜きながら、ポロボロは鼻で笑う。
そして、目立ちたいのか叫んだ。
「我は、元アノイトスが貴族、ポロボロ伯である! 手柄が欲しき者は、我の首を取って見せよぉおお!!」
そう叫び前へ前へと、馬を進ませていく。
「ま、待たれよ!」
止めるエクエスを無視して、どんどん進んで行った。
「い、いかん! 近くの者たちは、ポロボロ殿を守れぇえ!!」
エクエスも続こうとするが、敵が道を塞いでしまう。
嫌な予感がしたのか、先ほどまでとは違い、強引な武器捌きとなっている。
そのせいで、鎧の繋ぎ目などに上手く刃を通すことが出来なくなっているようだ。
エクエスが魔法を使わないのは、使える魔法の種類もあるが、周囲の味方へも被害が出てしまうためだ。
「どけぇええい!!」
エクエスは、怒号を発し、武器を振り回す。
しかし、やはり前に進むのに難儀してしまっている。
エクエスの焦りだけが問題なのではない。
敵――元同僚たちは、傷を覆うが腕を飛ばされようが、怯まないのだ。
ただただ、兵士として訓練してきた、槍の突きを繰り返してくる。
そして――。
「――ヒヒーぃ、ぶるるるるぅぅ!!!」
エクエスの馬が、前足を高く上げ、エクエスを宙へと放り投げた。
馬鎧を着せているとはいえ、肌を晒している部分がある。
そこへ、槍を突き立てられてしまったのだ。
しかも、喉元であった。
馬は、槍を突き立てた敵兵士を持ち上げ振り回し、その場で暴れ回る。
しかし、兵士は中空を左右に揺さぶられても槍を離さない。
エクエスは、宙で身体のバランスを取り、二回転して、片膝をついて着地した。
「おのれぇええ!」
暴れ回る馬の元へ駆け付け、敵兵士の首を飛ばしていく。
馬に突き刺さった槍の柄を切断し、その兵士の首も飛ばした。
馬は、低く苦しい鳴き声を上げ、静かに地面へと崩れ去って行った。
まだ息のある愛馬の目元を撫で。
「すまない……」
エクエスの言葉に、何かを感じたのか、馬は、涙を流していた。
そして、ゆっくりと目を閉じていく。
エクエスは、なおも突き進んで来る敵に目を向け、大上段から一閃。
鎧兜を装着しているというのに、真っ二つに身体が割れた。
そして、思い出したかのように、先に居るポロボロの元へと駆け出す。
一方、後方のエクエスの心配など他所に、ポロボロは高揚の表情であった。
「そらそらそらぁ! 貴様たちはそれでも国王軍かぁ!」
意気揚々と敵の中へ入っていく。
後ろからの攻撃などないと思っているのだろうか。
数本が迫ってきていることに気づいていないようだ。
それを懸命に守る他の兵士たち。
「ポロボロ様、それ以上前に行かれてはっ……!!」
続く言葉は「お守りできません」だろう。
しかし、ポロボロには兵士の言葉が届いていないようだった。
受け答えもなく、敵の輪へと入っていった。
しかし、思っていたよりも奮闘している。
無数のかすり傷はあるものの、致命傷のような傷を負わない。
日々、武器の鍛錬はしていたのだろう。
敵があまりに単純な攻撃である事と、戦意の高揚感が成せた奇跡だったのかもしれない。
しかし、それは続かなかった。
エクエスが駆け付ける前に、馬にまたがって奮闘していたポロボロの首が宙を舞ったのだ。
それだけではなく、後方にいた敵も味方も総勢数十人が鋭い刃に切り裂かれ、横に二つとなって地面に転がる。
最後に割かれたもののすぐ後ろには、地面に横長に大きな斜め線が出来ていた。
「ポロボロ殿ぉおお!」
エクエスは間に合わなかった。
叫んだ手前にあった台地の裂け方。
敵後方の頭上。
羽をたなびかせる魔物が一体。
それを見て、エクエスは焦った。
ヒーロスの話では、聖女の結界が発動しているからこそ、アノイトス時代に魔物の侵入が無かったのだろうと。
侵入できるとしたらは上位クラスだろう。
そう聞いていたのだ。
だからこそ、プププートの後ろに並ぶ魔物は動いていない。
要するに、越境できる者がいるとすれば上位という事になる。
しかも、例の女ではない。
同じ女を模してはいるが、それは別モノであった。
「もの共ぉおお!! 一軒分の風の刃が飛んでくるぞ!! 隊列を広めに取れぇええ!!!」
そんなエクエスの声も空しく、次々と襲い来る大きな刃に、敵味方関係なく切り刻まれていった。
本来であれば、味方を巻き添えにする攻撃なぞ、許されないだろう。
必ず、兵士に動揺が起き、士気が下がる。
また、憤慨し寝返るものだっているかもしれない。
ところが、操られていると思われる、国王軍兵士は、まるでゾンビのように、痛みも感じず、感情もなく、同じことを繰り返しながら、前進を止めない。
さすがのエクエスも、距離的にも、使える魔法でも、敵後方の頭上に居る魔物を打ち倒す技を持ち合わせていなかった。
次々に、敵味方が死傷していく。
双方合わせて二千以上は、あの魔物のやられてしまっている。
これ以上の被害はまずい。
アズバルドは、何をしている。
何故、撤退の合図を出さないのか?
この最前線での現場指揮として、一度撤退し体勢を立て直して、あの魔物をどうするかを考えねばならない。
そう決断したのだろう。
エクエスは、持てる全力の声を張り上げた。
「ヒエムス全軍に告ぐぅうううう!!!」
そこへ――。
――シュン。
青光りした何かが頭上を、目にも止まらぬ速度で、駆け抜けていった。
通り過ぎた後に、乾いた破裂音が聞えて来る。
音速より早く飛んで行ったのだろう。
そして、敵後方に目を移すと、それは上位魔物と思われるモノの身体を貫いていた。
怯え始めていた兵士たちが、それを目を丸くして眺めている。
その魔物は、全身を青く光らせたかと思うと、黒煙を立たせ灰のように消え去った。
エクエスは、誰の仕業か瞬時に分かった。
そして、叫びを上げた直後を利用し、もう一度声を上げる。
「見たかもの共ぉおお!! これが、我らが総大将の力なりぃいい!! 蹴散らせぇええ!!!」
さきほどの鬨の声よりも大きな声。
いや、怒声と言って良いだろう。
無残に仲間を殺され、味方にも容赦のない敵。
それが、ヒエムス全軍の士気を最高潮にした。
怒涛の勢いで味方が敵へと襲い掛かっていく。
――ふた刻後。
敵軍の女が合図を出したのか、敵は退却を始めた。
「ポロボロ様の仇だぁあ! 待てゴラァアアア!!」
「よせ! 深追いしては成らん! 笛が聞えんのか、我々にも退却の合図が出ている」
エクエスは、追いかけようとする兵士を制止した。
その者は立ち止まり、涙を流す。
それを、他の兵士たちが慰めた。
ポロボロの私兵なのだろう。
思ったより、兵には慕われていたようだ。
「ポロボロ殿の遺体を……、お前たちが連れ帰ってやれ」
エクエスは、撤退する兵士に戦場の処理を指示して回り、ヒーロスの元へと戻っていった。
味方、およそ二千。敵方三千の死者を出した。
激しい第一次戦闘は、ここで一旦終結を迎える。
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