第18話

「――丁度ようございます。見えて参りました」


 右手に高い台地。

 その近くの緩やかな曲道となっている街道の先に高い城壁が見えて来た。

 城壁は、まっすぐにもう一つの台地へと繋がって道を塞いでいた。

 

「あれは?」


 アティアは、アノイトスからこの国に入国した場合、始めに高い台地の裂け目を通らないといけないのだと話した。

 アノイトスから、軍が動く可能性を危惧した、元領主たちが建てたものだという。

 それを聞き、エクエスは先程のヒーロスの言葉を思い出したのか、納得したようにニ、三度頷いた。

 その城壁が台地と接触している所から、階段を上り台地の上に上がると、さらに高くなっている場所がいくつかあるのだと言った。

 

「なるほど、そこを物見台に使ってるという事だね?」

「はい、そのようでございます」

「それで、僕らが来るのが分かった訳かー。でも、僕が聞きたいのは、アティアがわざわざ来た理由だよ。来るとしても、普通はヒエムスの軍とか、高官じゃないの?」

 

 アティアは話す。

 元領主たちが来た時に、王や臣下に紹介したと。

 その謁見の時に、元領主たちが、移住の許可と軍を動かしてくる可能性について進言した。

 王も臣下もかなり動揺していたと。


 このヒエムスには外交の歴史がほとんどない。

 この不毛な地を奪おうとする国などないからだ。

 だから、軍すらも持っていない。

 日々生き抜くだけで精一杯。

 城下を警らする者にも困り、衛兵も城に最低限。


 アノイトスの王は、魔王を倒す程の力あるもの。

 そんなものが、軍を引き連れてきたら、何もできないのと同じだ。

 そこで、元領主たちが、移住の許可を得る代わりに軍の役割を担う事になったのだ。


 傭兵に見える人たちは、他の国から来た人や、元からヒエムスに居た人の中で、兵士の募集をかけた時に、集まった人たちなのだ。

 今、王都ではさらに兵の募集と新王国軍設立に向けて、いろいろ準備中。

 しかし、元々、王都にしか人が居なかったこの国では、人口が少な過ぎた。

 何十倍と人口が増えなければ、難しい。

 何せ、アティアがヒエムスに来た時、王都には千人も暮らしていなかったのだから。


 そんな事もあって、アノイトスをかって知るアティアや公爵、領主たちが、アノイトスの動きの監視と軍が来た場合の全権を任されていたのだと言った。


「なるほどー。でも、アティアは、ずっと祈ってないといけないんじゃない? そこに聖女の秘密があると僕は思っているんだよねー」

「お教えできませんが、その通りです。しかし、この約一年で不思議な事に、相当力がついたようなのです。ですから、数日離れても、大丈夫と言いますか……」

「力、ね。こっそり教えてよー」

「できません」 

「聖女のくせにケチだなー」


 ヒーロスは、可愛らしく口を尖らせてみる。


「王都まで、まだまだ距離あるんでしょ?」

「はい、ここからですと、馬車でもひと月はかかります」

「アティア、王都に聖楼があるんじゃないの?」


 話しをしている間に、城壁の頑丈そうな門を潜り抜けた。

 アティアは、この台地の裂け目を抜けると、緩やかな波がある大草原が広がっていると言った。

 そこに、大掛かりな町が出来つつあると。

 前方を行軍している領主たちとその軍、従者や家族たちが暮らしているとも。


 こういう時のために、今は自分もそこに住んでいるのだと話した。

 

「聖楼があればどこでもいいのかー。でも、ひと月も祈らなかったら駄目じゃない?」

「人が多く移住してまいりましたので、国境近くの大きな町以外にも、町程大きくはございませんが、数日おきに村が点在しております」

「ああ、なるほど、そうゆうことかー」

「はい」


 アティアは、その町や村すべてに聖楼を作ってもらったのだった。

 ヒーロスは、連れて来た一万人の兵士の家族が、だいぶ分散して住んでたりするのか尋ねると、ここ数ヶ月でアノイトスから入って来た者は、全てチェックされ、名前と住む村。または村を形成する場所などを紙に記してある。

 とアティアは話した。


「へぇー、戸籍作ってあるわけかー。ありがたいねー」

「ここ数ヶ月で数万人が移住してきましたけれど、やはりといいましょうか……」

「ああ、当てようか?」

「どうぞ」

「アノイトス人同士の方が安心だから、今から行く大きな町にいるか、近くで固まって暮らしてるんでしょー」

「……その通りでございます。全てではないようですが……」


 アティアは、いつの間にか逞しくなった、ヒーロスの背に胸を当て、腰に手を回しながら、何か驚いたような、不思議なような、嬉しさもあるような、そんな表情でヒーロスの揺れる後ろ髪を見ていた。

 それを見て何かを感じ取ったのだろうか、エクエスは静かに目を閉じた。



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