第19話

 大きな町に着き、そこで連れてきた兵士たちは、自分の家族がいる場所を確認し、それぞれ案内のものを着けられて、家族のもとへ向かって行った。

 ヒーロスは、エクエスに軍がすぐ招集できる状態にしておく事と、日々の鍛錬を怠らないよう指示させた。

 副官としてアズバルドを付け、元領主たちともしっかり話し合うようにと言い残した。


 王都ではない、アティアが住んでいたもう一つの家には、連れて来ていた半分の従者が居た。

 公爵と共に、ヒーロスを王都に連れて行かなければならないから、しばらく留守にする旨を話した。


 ねんごろに挨拶をすますと、ヒーロスとアティアと侯爵とセバスチャンは王都へ向かった。

 馬車を操縦する御者を入れれば計五人だが。


 アティアは、途中途中の村で祈りを捧げる。

 しかし、以前のように長時間ではなくなっていた。

 それもあって、疲労を見せることなく、良く食べ、良く寝るようになっている。


 王都へ向かう途中の道すがらは、馬車に乗ったり馬で二人乗りしたり。

 ヒーロスとアティアは、随分と親密になっている様子であった。

 姉弟のように見えるというより、恋人の雰囲気に近い感じだ。


 公爵もセバスチャンも、そんな二人の様子に、穏やかな笑顔を浮かべていた。


 ひと月半でヒエムスの王都が見えて来た。

 まだ、施工中だが、大幅な増築が進んでいた。


 一番最初に作られた聖楼が見えない。

 新たに作られている外壁の内側にあるからだ。


 人も以前よりだいぶ多くなっているようだ。

 皆、活き活きと働いている。 


「アティア、謁見の約束が取れるまで、家に置いてくれる?」

「豪華な宿も最近できたと聞きますが?」

「僕は案外おしゃべりで寂しがり屋だからね。それに、君ともっと話がしたいんだ。一緒にお風呂に入ったり、ねやを共にしたり……」

「そういう冗談は要りません」

「冗談じゃないんだけどなー」


 アティアは、いつものからかいやイタズラだと思っているのだろう、一息つくと。


「ヒーロス様がそれで宜しいのであれば。ですが、我が家は狭いですし、質素なお料理しか出せません。手洗いは外。お風呂も宮城にあるようなものではございませんよ」

「やだなー、僕がここにくるまでの数ヶ月、似たような生活だったんだよ。慣れすぎたくらいだよー」

「ところで、おっしゃっていた……いや、家についてからに致しましょう」


 アティアはそう言うと、見かけて手を振って来たり、礼をする者たちに笑みを向けて挨拶を返した。

 

――夜。


 食後。公爵家の一室。

 そこには、公爵とアティア、そしてヒーロスの三人の姿があった。


 穏やかに話しているそこへ、ドアをノックする音。

 公爵の許可を経て、セバスチャンが紅茶と絞るための果物や砂糖、ミルクをトレーに乗せて入ってくる。

 手際よく、紅茶を入れ始めた。


 ヒーロスは、目の前に置かれた果物を見て。

 

「あー、久しぶりだー」

「何がでございますか、殿下?」

 

 公爵が尋ねた。


「んー、この果物絞って紅茶を飲むのがだよー」

「……なるほど」


 アティアの顔が暗くなる。


「ああ、アティアを責めてるんじゃないさ」


 ヒーロスは、それ以上は何も言わず、入れられた紅茶に砂糖三杯、果物の果汁を手で絞る。

 そして、布巾で手を拭くと、カップをかき混ぜながら、鼻へともって行く。

 香りを嗅いで一口。


「これだよ、これー。茶葉も良いの使ってるねー」

「最近は、交易が非常に盛んで、物流が多くなり、物の値段が下がって参りましたので、殿下のような方がいらっしゃった時用にと」

「そっかー」


 アティアは、ヒーロスを見つめると、真剣な表情となった。


「ヒーロス様……」

「何?」

「先ほど尋ねようとしていた事なんですが……」

「うん」


 ヒーロスは、アティアには顔を向けず、紅茶を味わっている。


「アノイトスを奪還なさった後はどうされるのですか?」

「どうとは?」

「奪還できたとしても、アノイトスは……」

「紅茶おいしいねー」

「はぐらかさないで下さい!」

「どうしたのさ」

「ですから……!」


 アティアは、手も震え悲痛な表情をしている。

 公爵は、そんなアティアの肩に優しく手を置いた。


「私が話そう。殿下、もしアノイトスを奪還できたとしても、そこは不毛の地。以前のような生活は望めないでしょう。私の記憶では、ヒエムスのように鉱山資源もなかったはず……誰も暮らせる土地ではなくなるかと……」

「では、魔物にくれてやれ、と言うの?」

「そうは申しません。そうは申しませんが……」


 公爵は、厳しい猜疑心の視線をヒーロスに向けた。


「まさかとは思いますが……。奪還後は、アティアに戻って来い。そう、おっしゃるつもりではありませんでしょうな?」

「んー。それはさー、難しいよねー」


 公爵は変わらぬ目線でヒーロスを見ている。

 ヒーロスは、気に止める様子もなく、紅茶を啜った。


「まずさ、ヒエムスの人たちが許さないでしょう。今の暮らしを失う事なんて出来やしないよね。人ってそういうもんだもん」

「では、殿下もこちらに住まわれてはいかがか。アノイトスの民も移住してきましょう」

「いいや、僕はアノイトスの王子。奪還後は王になる。国を捨てる王がどこにいるのさ」

「それでは、一体どうなさるのです!」

「そう、大声出さないでよー。怖いなー。まあ、考えてる事はあるんだけど、今は奪還できるかも分からないからね。そこに集中するよ」


 ヒーロスは、全く怖がっている様子もないが、どこかはぐらかしながら紅茶を飲み干し、おやすみと部屋を出て行った。


 残された二人。

 しばらく、沈黙が続く。


 その沈黙を先に破ったのは公爵だった。


「あのお方は、いつも元気で、時に飄々として、子供のようにイタズラもしたり、御歳十三とはとても思えない明朗さを見せたりと、実に掴みどころがない」

「……でも、お父様。あのお方は決して悪いことはなさらないと思うの……」

「どうして、そう思うのかね?」


 アティアは、俯いていた顔を上げる。

 そこには、確信めいた表情――


「――女の勘です」


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