第17話

「――それは、真でございますか?」

「間違いないと思うよー」


 馬上で、アティアとヒーロスが会話をしている。

 アティアは、余ほど気になっていたのだろう。

 機嫌を直した後。

 今のアノイトスの状況を、開口一番、事細かく聞き始めた。


 アノイトスからやってきた者たちからも、時間を作っては聞いていたが、住んでいる地域以外の事が分からないものが多く、元領主たちからも聞くには聞いたが、今より数か月も前だったので、現在の国全体がわからなかった。

 致し方なかったとは言え、自分が去った事で民を苦しめてしまった事への罪悪感があるのだろう。


 そこへ、ヒーロスが兵士たちに言って聞かせた、魔王討伐を含めたプププートの話を聞かせたのだった。


「では、王の好色も……?」

「んー。十歳の頃には性に目覚めてたというからねー。僕の予想だと、その頃に居た側付だった下女の仕業だと思うんだー」

「下女……でございますか?」

「そして、今も側にいるよ。全く違う顔だけど」


 そう言って、ヒーロスは怪しい笑みをこぼす。

 アティアは、性に関する事は、歳相応にしかわからないし、下女がと言われても、十歳の少年に手ほどきでもしのだろうか、という事ぐらいしか想像できなかっただろう。

 そして、顔が違うという意味も、頭に「?」が浮かぶだけ。


「……どういう事でしょうか?」

「サキュバス……たぶんだけど、かなり上位の……」

「サキュバス、でございますか?」

「うん、淫魔とも言うけどね。強力な魅了魔法と性魔法をかけられてる」

「では、操られているだけで、本当は……」

「いや、それは違うと思うよー。物心ついた時から乱暴者だったって皆言ってるし、頭も悪かったってさ。だから、狙われたんじゃないかな」


 アティアは、話を聞く中で、本当は可哀想な人で、どこかに救いが有るのではないかと思っていたのかもしれない。

 可哀想。確かに、可哀想ではあるかもしれないが……。


「長兄、次兄も、そのサキュバスの魔の手にかかったんだと思う」


 アティアは、第一王子とは何度も話した事があり、将来の旦那になれる事を嬉しく思っていた、と語ったことがあった。

 容姿が良いからではなく、民思いで内政に辣腕を発揮している。

 街でも宮城でも噂によく聞いていた。

 だから、自分の事のように誇らしく、尊敬していたと。


 薨去こうきょしたと聞いた時は、その日一日だけだったが、何も手につかず聖女の鍛錬を休んでしまう程悲しんでいたという。


 第二王子が次の婚約者になった時は、少し落胆したらしい。

 禄でもない噂しか聞かなかった。

 母が聖女の役割を終えるのは、まだまだ先だと思っていた事もあり、子が出来たとしても、王子の子育ては専門の乳母に任せる決まり。

 王妃として、何をするわけでもなく後宮で、怠惰に暮らす王を横目に、日々を過ごすのだろうか、とため息を漏らすほどだったそうだ。


 そして、プププート。

 色好み。こればかりは、諦めがあったのだという。

 男とは多かれ少なかれ、そういうものだという認識と、妾を取ることも少なくないと知っていたからだ。

 しかし、彼には武芸に秀でた才があるという。

 そして、魔王の討伐。

 帰途の先々での暴挙は目を瞑れるものでは無かったものの、何れは民を思う強き英雄の王になってくれれば、と願っていたらしい。


「ならば、そのサキュバスを倒せれば……」

「難しいねー。あれは相当強いと思う。今の僕でギリギリかなー。隙あらばと思って狙ってたんだけど、全然隙を見せてくんなくてさー。一対一になる状況が作れないと厳しいかな」


 エクエスはそれを聞いて、話しに割って入ってきた。


「殿下は、上位の魔物を倒せると仰せか?」

「うん。僕こう見えてすっごく強いよ?」


 ヒーロスは、さらっと言ってのけた。

 エクエスは、驚きつつも、下らない嘘を吐くような人物ではない事を良く知っているのだろう。

 寧ろ、そんな力を隠し持っていたのか、と改めてヒーロスの底知れなさを感じているようだ。


「聖女様」

「名前を呼び捨てで構いません、殿下」

「そう、じゃ、アティア、そっちも呼び捨てでいいよ」

「さすがにそれは……ヒーロス様と」

「えー、まあいっか」

「それで、何でしょうか?」

「何で、国境まで来たの?」

「それは――」

 

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