第8話
王が政務行う一室。
色とりどりの調度品や絵画が飾られ、仕事するには向かなそうなほど装飾されている机や椅子。
その上に、大量に溜まった書類が置かれている。
それを、一枚、また一枚と上から順に取っては、ペンを走らせる音。
その後に、印を押す音が聞えている。
かなり手際が良い。
中央の山が減って行き、仕事しているものの姿が見えて来た。
美しい紫の髪。
切れ長に整った目。
それに合わせた眼鏡。
鼻筋は高く。
口元には濃いめの紅。
胸元は大きく開き、女性が寝る時に着るネグリジェ姿。
王が政務を行う場所に、余りにも不釣り合いな女が座っている。
しかも、王のサインをし、玉印を押している。
臣下に見られでもしたら大変な事態となるはずだ。
王のサインと玉印は、王が書類に目を通し、その政策の許可を出すためのものだ。
玉印に至っては、王が王たる所以のもの。
代々の国王が王位継承で王として認められるための、大事な宝物。
臣下はもちろんの事、正妻にだって触らせる者など、今までいなかった。
異様な光景としか言えない。
女は、手早く次々に仕事をこなしていく。
そんな中、隣室から何かを打ち付ける乾いた音と、女の悲鳴が聞こえてくる。
仕事中の女は、聞こえていないのかと思える程、平然と書類の山に手を伸ばしている。
やがて、乾いた音と悲鳴が止んだ。
そこへ。
今度はガラスが割れる音が響く。
「ナーマ!! 酒が切れたぞ!! 持ってこい!!」
プププートの声だ。
どうやら、隣室で事に及んでいたようだ。
ガラスが割れる音は、グラスだろうか……。
「ナーマ!!」
そう呼ばれたのは、この政務室にいる女のようだ。
ため息を一つ吐いて、立ち上がると紅の後が付いたグラスを持ち、隣室へ入っていった。
「まあまあ、また随分とお攻めになられたようで」
「ふん」
プププートは、キングサイズのベッドに腰かけ、ナーマから半ば分捕るようにグラスを手にすると、喉が渇いていたのか一気に飲み干した。
ベッドに横付けされている丸テーブルには数本の瓶。
床にも転がっている。
「おい、いつまで寝てる、用は済んだ。さっさと出て行け」
下女と思われる女は、ところどころ破れがある散乱した服を手に、涙も拭わず走り去った。
「あの娘、生娘でしたのね」
「仕事は進んでるか?」
「もちろんですわ」
「そうか……」
「ご褒美をくださいな」
プププートは、少し後ずさりした。
それをずいずいと、ナーマは迫っていく。
「い、いや、今日はもう数人相手にした。十分だ」
「ご褒美を……」
「おい、待て……」
「うふふ、もうこんなになさっておいでなのに?」
「いや、お前の相手は数人分じゃ済まないんだぁ……あぅ……」
ナーマは、妖艶な笑みを浮かべながら、プププートを押し倒し、その行為に耽る。
いいようにされている様は、先ほどのプププートとは真逆だ。
このナーマは、プププートが王位簒奪後、始めて下女を呼んだ時に来た女である。
始めのうちは、その美貌と妖艶さにすっかり酔いしれ、毎晩のように相手をさせた。
そのうち、
それは、下女の報告で瞬く間に臣下の知るところとなった。
ある重臣が忠言すると、その者は不敬罪に問われ牢に送られてしまった。
皆、この王に逆らうことが出来なかった。
下手に機嫌を取るのも逆効果で、王の言い分が最もだと肩をもった者も、媚びへつらう能無しとして、お役御免。
だからこそ、謁見の間に居た者たちは、ただ縮こまって意見を聞くだけだった。
プププートは、武芸の才はあったが、内政など知る由もなかった。
ほとんどの政策を臣下に丸投げし、自分のやりたいことだけを命令する。
国王軍の編成。徴兵。武具防具。訓練を怠らぬ者には、高給を支払う。
さらには、闘技場の建設。国王軍の強者同士の観覧試合。
などなど、とにかく無駄な歳費を使っている。
魔王を倒したというのに、今度は誰と戦うつもりかと臣下は嘆いていた。
その他の時間は、今のような状態だ。
彼にとっての王とは、腕力のあるものが上に立ってふんぞり返っていればいい。
そう考えているのかもしれない。
プププートは、今アノイトスが重大な危機に向かって進んでいる事を、全く理解していないようだ。
最近は特にひどい。
とにかく恐怖で臣下を抑えつけ、酒池肉林の日々を送っている。
二人の居る一室の窓辺から見える景色。
今までは、小鳥たちの囀りが聞え、城郭の奥に見える森は青々と茂っていた。
しかし、囀りはなくなり、森の至る所に枯れ木が出来始めている。
よく見れば倒木しているものもある。
この異質な変化を見逃す方が難しいというものだ。
このままでは……。
この王以外の誰もが思っている事だろう。
プププートとナーマが情事に耽る最中、外ではしんしんと白い綿雪が降り注ぎ始めていた。
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