第32話 所詮は人間だけれども、 (3)
アクレイは私の異常な発言に対して何かを察したようで、それ以上は何も聞いてこなかった。一方サクヤは気になっていたようだが、アクレイに睨まれ追及してこなかった。案外これは救いになる。
「死神は……まだ生きてるよ」
まだ動かないが、確実に力を溜めて、怒りも燃やしているはずだ。
私はカインの方を見る。その瞬間、僅かに指が震えた。グリフルの言っていたことは確からしい。間違っていたことは無いが、少しは疑うものだ。
「……カイン、起きた?」
「……」
ゆっくり目を開き、目の焦点がどこにもあっていない状態から、私の方を見る。状況を把握したようで、ゆっくりと起き上がった。
まずそもそも顔つきが違う。嬉々とした感情は一切なく、かと言って悲しんでいる様子はない。どちらかというと虚無で、何も思っていない、何も考えていないように思えた。きっと私の予想通りなのだろうけれど。
「……本物の、カイン?」
私は一応確認のために問う。中身が神様ならこれに絶対反論するだろう。もしこれの答えが無言、ならばそれは本物のカイン・レフローディだ。
「……」
虚ろな目に戻った。どこも見ておらず、気力など一切無いように見られる。
カインはゆっくりと立ち上がり、隣のオーヴェルを少しだけ見つめ、そのままサクヤとアクレイ、そして倒れた死神を見た。
何も感じなかったのだろうか。その表情は一切変わらない。自分も表情金が豊かでは無い方だが、これとは種類が違う。何かを感じる自分とは違って、コレは……。
「……」
人間じゃない。少なくとも常人ではない。異常者だ。
「カイン大丈夫? 体調悪いん?」
サクヤの呼びかけも気にすることなく、足を引きずりながらのろりのろりと歩いて、死神の方まで徐々に近寄っていく。
それに反応したのか、死神が急に起き上がった。落ちていた鎌を拾い上げて、カイン目掛けて振り下ろす。
「馬鹿メ! 自分から殺されに来ルなど! 正真正銘の馬鹿なんですネ!」
狂気の目とでもいうのだろうか。両目を限界まで開いて、大きく口も開けて下品な笑いが漏れている。勝利を確信した愚か者がやることと全く同じだ。
グリフルがそれをどうにかしようとカインに近づくが、私はそれを止めた。何を言うまでもなく、ただそっと手を出しただけだったがそれでもグリフルを止めるには十分だった。
「どうしてだ、ロミィ」
「彼女の本性を知らないからそうやって突っ込んでいけるのよ……。人間でも神様でもない、正真正銘の化け物の恐ろしさを……」
カインと死神以外の人物は私の言葉に疑問を感じていた。その「化け物」という言葉の意味だけは、直後に知ることができるだろう。
数秒後、カインが突如として右手を挙げた。あらぬ方向に曲がって、ぐちゃぐちゃ、ばきばき、ぎこっごこっ、と不気味な音を立てて変形していく。黒くなり、ひび割れが出来て、そのひび割れ部分に赤い謎の液体が沿って流れていく。
それは最終的に、人の数倍の大きさの黒色の手の形になった。手と言っても、手ではない。指そのものが鋭くなって、硬くなって、岩のような見た目だった。
見た目だけで言うならば、化け物と人間が混ざった生物。顔の部分にも影響が出ているようで、右目の周辺にひび割れ部分に流れた赤い液体と同じものが、沿って形作っている。何の形かはわからないが、何かしら意味のあるものだろう。
死神の振り下ろした鎌を難なくその右手で掴み、握り潰し、変形させた。粉々になった鎌を見た死神が顔を歪める。
「……ハ?」
それを気にすることも無く、鎌の次は本体を、と言わんばかりに死神に覆いかぶさった。そして、一切表情を変えることなく顔を、その右手で、握り潰した。
微かに声が聞こえたような気がするが、どうせ死の直前に発する声など意味のないものがほとんどだ。私はできるだけ死神の残骸を見ないようにしていたが、目を覆うようなことはしたくなかった。終わりを、見ていたかった。
待ち望んだ「終わり」を、どんな形のものでもいいから知っていたい。そんな願望が、心のどこかに芽生えていた。
けれど、そんな綺麗なものではないことは幾分前にわかっていた。
人の形をしていた死神はいつの間にか無機質なものへと変わっていた。二度と復活できぬようにと、力任せに握り潰して肉に変えていく。骨も、肉も、何もかもを変化した手でつぶしてしまうのだ。何度も何度も。
これを幼少期に見たならば、記憶の奥底まで根深く残ってしまうような、絶対にトラウマになる記憶。今の私だからそこまで留めたりしないけれど、これを見た他の人はどう思うか……。
まぁ予想をするまでも無かった。というか、予想通り過ぎて逆に呆れるくらいだった。
サクヤの足は震えている。今まで隣を歩いていた人間もどきが凶暴な姿を見せて、敵を抉り殺しているのだ。少し想像力を働かせればわかるだろう、隣を歩く彼女はいつでも自分のことを、見るも無残な姿に変えることができてしまう、と。
それに関しては同情する。色々なものを見ていた自分は、確かにこれを見れば引くがそれ以上のことは持たない。しかし彼の場合はどうだろう。彼の居た世界は知らないが、それなりに平和な世界だったのではないだろうか。
あからさまな反応をされては、そう考えるのが自然だ。
カインもカインで……いや、いい。心底どうでもいい。全員に対して、親身になっているように見せかけて胸の内を一つも明かさないのがカインだ。誰よりも信頼していると見せかけて、誰も信用していないのがカイン。それに本人も気づいていないのだから、厄介も甚だしい。
敵を完全に破壊し終えたカインはしばらく呆然と立ち尽くした。どこを見るまでもなく、ただそこに突っ立ているだけ。
私たちはそれに対して話しかけるでもなく、側に行くでもなく、眺めていた。いつその腕を自分たちに振られるかわからない恐怖に捕まえられて、動けないとでも言った方がいいのだろうけども。
腕のことは何となく察しはついていた。共有体が正常な人間の部位を持ったままなんてことはほぼない。化け物のように変化して、それが異常な攻撃力を持っていたって何の問題も無い。
しかし、変化しているのは腕だけじゃないような気がした。
いつ言えばいいか、何と言えばいいか、確証も無しに言っていいものか。どうも拭いきれない疑問が一つだけ私の中に残っていた。
目の前のカインは、神様でもなくカインでもないのではないか? というもの。神様と身体を共有する前のカインを知っていて、尚且つ神様の人格も知っている。そしてそれが入り混じって、情緒不安定になり矛盾だらけの共有体も知っている。
親しいわけでは無いか、噂でも聞くようなくらい有名なカノジョ。だからこそ、目の前のカインが何者でもないような気がするのだ。
気が、するだけだ。これを重要視する必要は無いはず。だって彼女は彼女で隠したいことだってあるだろう、それに自分から突っ込んでいく必要は無いだろう。
だけど、カインに一番近くて遠い私が、彼女を元に戻さなくてはならないと直感的に思った。こんなことを思いつく私では無かったのだけれど、どこで心変わりしたのだろう。
私はゆっくり歩いて、カインに近づく。
「……所詮は人間だけれども、私はあなたに打ち勝つ力を持っている。……神にも、ね」
私はグリフルと目を合わせて、笑った。
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