第30話 所詮は人間だけれども、 (1)


 カインとオーヴェルが突然体調不良に襲われて、倒れた。



 オーヴェルは前例があるからまだしも、カインまでもが倒れるなんて思ってもいなかった。個人的には、カオスの加護もあって身体が強くなっているものだと思っていたけれど、元々が弱いから、強化しても大したことが無いのかもしれない。


 ……いや、違う。元のカインは身体が弱かったんじゃない。身体が弱いフリをしていたんだ。肩身が狭く、身体も弱いことにしておけば、誰とも会うことなく自室で一日を終わらせられるから。


 自分と似ているようで、似ていない。心のどこかでカインを見下していた時があった。


 私には、力があった。才能も、賢さも、全てが手元にあった。それ故に家族に嫌われていたけれど、いつでもこの人たちを壊せるんだと思えば、自然と心は落ち着いた、そんなことを考えていた時の自分はきっと、僅かに微笑んでいたんだと思う。それぐらいしか、笑える機会が無かったから。


 境遇は似ていたけれど、カインは何も持っていなかった。何も持っていないからこそ嫌われていたようにも思える。思えるんじゃない、きっとこれは事実だ。


 風の噂でも十分なくらい、何度も何度も聞いた話だ。カインには第二皇女という身分がありながら、勉強も魔法も、何もできなかった。それ故に親が「レフローディの第二皇女のようになってはダメよ」と、子供を叱るときに言う悪い例になっていた。

 実際自分も、才能がまだわかっていない幼い時に数回言われた。子供でも分かるように、「劣った人物」として擦り込まれていく。今になって考えても、別にどうとも思わない。けれど、大人への不信感だけは積もっていく。


 馬鹿のレッテルを貼られたカインの境遇など、目に見えてわかる。機会に恵まれたらその衣を引っぺがして罪を暴きたい。面倒だからしないけれど、きっとその身体には同族の傷があるはずだ。


 馬鹿だから虐げられたカインと、優秀すぎて手を出された私。


 過去も、逃げ方も、使うものさえも、何もかもが違っている二人。だからこそだろうか、妙な感情が生まれてくる。しかし、その感情の名さえも私は知らない。


 ああ、そうだ。私はロミィ。いや、もう誰でもないか。


「え、どうしよ……倒れちゃったケド……」


 わざとらしく妙な声の出し方でサクヤが今後について尋ねた。切り株に腰掛けた私は彼とアクレイを見上げる形になる。


 ぐるぐると同じところを回って歩いているサクヤは、少し首を傾げながら悩んでいるように見える。アクレイは私より少し離れたところの同じ切り株に座っている。テント設営時のシートの上に二人を寝かせているが、起きる気配は全くない。


 今まで全く考えていなかったけれど、サクヤは案外お調子者なのかもしれない。人の渦の真ん中に立っていてもおかしくない彼の性格と行動。私たちみたいな者と、一緒に旅をしていることを改めて考えると「意外」という言葉に結び付く。


 たった一人の女の子のために、よくここまでできるなと感心する。しかし尊敬はしない。その行動が相手を不快にさせるかもしれないことを知っている、何かもっと違う問題を引き起こすかもしれないことを知っている。自分の身勝手な行動で、予想もしていなかった大事が発生するかもしれないことを知っている。


 行動に移す点では、サクヤとも真逆かもしれない。私だったら、誰かのために自分から大事を起こすことは無いだろう。


 ……いつも通りの思考のはずなのに、何かが違うと直感的に思ってしまう私は一体何なんだろうか。


 オークションに売られてから、私の知らないどこかで何かが変わった。自分らしさなんて最初から持っていないに等しいが、それでも何かが変化したという感覚だけ手元に残される。


 どこが何に変わったのか。自分でもわからない。


「待っとけば起きるよ、多分」


 最初はサクヤの発言を無視したのかと思っていた。それぐらい長い時間、誰も言葉を発しなかった。何分越しの答えだ。コミュニケーション能力の欠如を疑うが、私も人のことは言えない。自分はなおさら話す気が無かったのだ。わざわざ返事をしたアクレイは良い人だと思う。


「んー……、まぁ、そうやな……。待つか……」


 不安は拭えていなさそうだった。過去二回ほど、オーヴェルが倒れてしまったことがあるが、その時よりも何倍も心配しているように思えた。これが時間経過による友情の深まりか。自分もそれに、何かしらの影響を受けているかもしれない。


 鞄から水筒を取り出して、ふたを開ける。ゆっくりと傾けて、濁りの無い水を少しだけ口に含む。口内を潤した後に一気に喉に通す。水が通っていくのを感じながら蓋を閉めて、水筒をもとの場所に戻す。


 ゆっくりとアクレイが立ち上がって伸びをする。腰を痛そうに空いた手で抑えながら伸びをするものだから、塗り薬を買うアドバイスをしようとも思ったがやめておいた。




 すると私の視界に薄い赤色の何かが映る。その正体はすぐに分かった。



 それは大抵の人には見ることのできない、私の側にいる大精霊の内の一人。グリフル・シャンティ。


 グリフルのことを話せば長くなってしまうが、彼は元人間で、《蛇血痕レルトーカーの呪い》によって精霊に変えられてしまった哀れな貴族の三男。勿論この男の声は、他の人に聞こえていない。


「やあ、ロミィ。早速質問で悪いが、どうして君がレルトーカーの一族と共に?」

「……」


 こんなところで話しかけられても、返事ができないことは相手だって十分わかっているはず。恐らくこれはグリフルの嫌がらせだろう。私が困る様子を眺めたかったのだろう。


 残念ながら表情筋は動かない。余ほどのことが無い限り表情が変わらない私が、こんな些細なことで変化するわけなんてないのだ。きっと、それもグリフルは知っているうえでやってきている。


 こう見えても、この大精霊との付き合いは長い方だ。彼含めた大精霊の数は六。一つだけ、大精霊の席が空いていると聞いたが、私には関係のない話だと思って一緒に過ごしている。一応これでも、大精霊全員と面識があるのが案外誇りだったりする。


 誰も信じてくれないことは、告げる前からわかっているので完全に私の予想という形になるが。


「何も言わないけどさ。そろそろ奴らが来るよ。ほら、神殺し専門の神が」


 死神か……。死神が神を殺す手口は知っている。昔に歴史書か何かで読んだ。


 基本的に死神は二人一組で動き、地上で身体を殺す役目と、精神世界で精神を破壊する役目に分かれて、徹底的に神を殺す。それが来るというのならば、今頃精神世界であの二人は激しい戦闘を強いられていることだろう。

 そしてこちらには……肉体を殺しに来た死神がやってきて、神を守護する人間さえも、何もかもまとめて壊してしまうのだ。


 仮に死神が本当に来た場合、自分たちが生き残るためにはカインとオーヴェルを守ることなく、引き渡さなければならない。それを拒めば私たちで戦って、勝たなければならない。


 死神とは言えど、相手は神だ。並の人間が勝てるような相手ではない。戦闘に関してはお荷物状態のサクヤ、心臓無しでろくに力を発揮できないアクレイ……。見下すわけでは無いが、勝ちが見込めない。


 もし、カイン・レフローディ第二皇女という本物の中身が現実で行動できるにせよ、彼女自身には何の才能も無い。これこそ本当のお荷物かもしれない。


 キュッと心臓が縮んだような感覚に襲われる。緊張か、恐怖か。決断を迫られているかもしれないという焦りか。


 こうやって内心焦っているように見えるが、結局は騙し騙しの局面だった。この二人のことだ。助けるに値するかどうかはともかく、仲間を捨てるようなことはしない。冗談じみた言葉で軽々しく見捨てるような発言はするけれど、土壇場になれば本心で動いてくれることを知っている。


 確証は全くないのに、友情というものに賭けているのだ。


 思考に耽っていた私にグリフルが話しかけてくる。


「ロミィ、来たぞ。手伝おうか?」


 私はとても小さな声で返事をした。


「……お願い」


 返事は死神に驚いたサクヤの大声で掻き消される。


「うわっ⁉ いつの間に……っていうか誰やねん⁉」


 肩下あたりまで伸びた薄い桃色の髪。前髪は真っ直ぐ切り揃えられているが、それ以外はふんわりカールだった。手前側の髪だけ軽く結われている。鈍くした黄金色の目。頭から生えた白色の小さめの羽。白いシャツに紺色のスカート、同色のサスペンダーが白に映える。赤を少し鈍くした色のリボンが胸元にある、王都の学校の制服のようなデザイン。


 死神にしては随分可愛らしいのが来た。


「えっとー……こんにちハ! そこの神様を殺しに来ました!」

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