第27話 神々を襲う試練 (2)
死神……?
僕は必死に記憶を探る。確か一度だけ、僕の仮の名前を決める際に、かなり話が逸れた時があった。確かその時に、異世界とこちらの「死神」の認識の違いを知った。カインはそれ以上追求しなかったが、もしかして、それと同じもの……?
「オーヴェルまで巻き込まれたということは、君はもう神確定でいいな。いやぁ、前提条件がハッキリして良かった。後が楽になる」
何をどう汲み取ってポジティブに考えられるのか。その精神だけは理解できない。
「死神が殺すのは神だけだ。しかも、地上にいる神だけをサクッとな」
カインが刃物を振り回すふりをする。状況に合った深刻さを出してくれないと、僕の心構えがろくなものにならないからやめてほしい。カインはこうやって楽観的に話すけど、事態はもっと深刻だ。
彼女の発言が本当なら、僕たちは今から殺されるのだから。
「死神の厄介な点はあれだな。現実で肉体を殺し、精神世界で自我を殺す。精神世界で生きられても、現実世界で肉体が殺されたら意味が無いからな。徹底して処理するんだ。奴らは」
「……っ、じゃ、じゃあ、今頃現実では、皆が襲われてる……?」
「皆が我々を守ってくれていたら、皆も襲われているだろうな」
僕が彼らに危険を振り撒いてどうするんだ。どう責任を取るんだ。
「そう自分を責めるな。私のせいでもあるんだ。二人で背負おう」
「うん……」
暗い気分で落ち込んでいると、カインが話し出した。
「オーヴェルに選択肢を与えよう」
「……何?」
「私は、私単体だと意志を持つ鎌なんだ。それが本来の姿だと言ってもいい。つまり私自身は武器にもなる。ここで提案だ」
一拍置いて、彼女はとんでもない提案を僕にした。
「私を人間の姿をしたまま戦わせるか、武器にして戦わせるか、好きな方を選んでいいぞ。ちなみに言うと、武器の方が人間の姿よりも数百倍は強いぞ」
……ん? ……んん⁉
確か、カインは人間と神の共有体。それぞれに意識がある、ならば……。普段僕たちが接してきたカイン・レフローディという人間の中身はカオスという神様だったということになる。
っていうか、その理論でいくと僕も結果的に物になっちゃうんですが。
「そういえばオーヴェルは気づいていなかったな。悪い。言うのを忘れていた」
別の誰かは気づいていたのか……。
「私は今まで十数回死神の襲撃を受けてきた。それなのにまだ生きているのには理由がある。おおよその察しがついたオーヴェルならなんとなくわかるだろう?」
「え……っと、現実ではカイン・レフローディ本人が死神と戦って、ここでは神が戦っていたから乗り切れた……みたいなことだよね?」
「そうそう、共有体ならではの戦い方だ。だから今頃現実では、今まで会っていた人とは全く違う別人が皆と会話しているんじゃないか? それこそ困惑するだろうな。面白い」
面白がっているの、多分あなただけです。
まるで多重人格じゃないか。全く違う自分が二人。自分とも言えない他人ではあるが、外から見たら完全に多重人格。線を辿って理解したならまだどうにかなるが、きっとそれ以外の人は完全に困惑するだろう。
「で? どっちだ? 人か武器か」
「そう聞いてくるけどさ……。今まで人の姿で戦って勝ってきたんでしょ?」
「……ゲッ」
図星だな。何かおかしいと思ったんだ。
武器になるということは、誰か扱う人がいるということ。カインならその扱う人さえも作り出してしまいそうだが、そんな面倒なことをするならきっと自分自身の身体を持って戦うはずだ。
「手加減して勝てているなら、武器になる必要ないよね」
「戦いに花を持たせたくもなるだろ。ちょっと多めに力を使って、カッコイイ魔法を使ってみたりさ? やりたくならないか?」
「勝てるって確信を持ってるなら、やらなくて良くない?」
「まぁ、それもそうだけどな。やっぱり君は君だな。心の底から安心するよ」
これから戦うことが決まっているが、僕には武器が無かった。ここはあくまで精神世界、外の世界で鞄の中に入れていたものは手元に無い。
「カイン、何か武器を……」
「武器になればいいか?」
「そういうことじゃない」
こうなることをわかっていてカインはあんなことを言ったのか? そう考えると余計に腹が立ってくるが、目先のことだけでなくその先もちゃんと考えていたのかと思うと、ちょっとだけ評価が上がる。
「神なら神らしく戦おう。武器などという人間の道具はいらないだろう?」
最近自分が神だと気づいた限りなく人間に近い何かに、そんな期待を寄せられても何もできない。僕は神であって神ではない。アクレイを助けた時のような奇跡は起きない。起こせない。何も、期待しないでくれ。
「精神世界での攻撃方法は様々だ。よく言われているのは記憶をもとに作られる処刑場。多種多様で攻略方法はその場で見つけるしかない、頑張らなきゃな」
記憶……。どちらの記憶が対象になるのだろう。僕の場合、失われた記憶も対象になるのだろうか。案外神の所業って、定義が曖昧なことが多いからどんな状況が作られるかはシミュレーションできなさそうだ。
……何で、知っているんだろう。まぁ今更気にしても、意味無いか。
「死神は残酷だ。我々を殺すためならどんな卑劣なことだってやってのける」
そのままカインは俯いた。それ以上は何も話さなくなってしまった。
今思えば、これをカインと呼ぶのは間違っているのかもしれない。けれど見た目がカインだから、カインのままでいいと判断した。考えるだけ無駄だったかもしれない。
何もない世界で、カインが泣いていたことに気付くのに、そう時間はかからなかった。
「え……だ、大丈夫?」
「私はカインじゃない、カインのように臆病で泣き虫ではない。だが……記憶も感情も情緒もすべて共有しているのだ。きっと、現実であの子が泣いているんだろな。失うのが怖いって」
カオスが泣いているわけでは無いことにひとまず安心したが、現実ではカインが泣いている。それはつまり、誰かが襲われていて瀕死なのか、それとも何かトラウマと関連付けられたことをキッカケに思い出してしまったのか、どちらかだろう。
「表の状況はわからない。でもきっとそう最悪な結末は待っていないだろう……。誰よりも手段を選ばないのはあの子だ。神と身体を共有している時点で、相当な頭のイカれ具合だろう?」
ボロボロ泣きながらそんなことを言われても。
「……あなたは、カインのことを大事に思っているんですね」
一応相手は神様だから、と敬語を使ってみる。
「何だ急に、ずっと表で喋って過ごしてきたのは私の方だ。敬語なんて使うな。位云々は知らないが、一応同じ神だぞ? そんなもの使う方がおかしい」
「でも否定しない……」
「否定したところで、だ。事実を否定したって、後味が悪くなるだけだろう?」
否定したら否定したで、「でも事実でしょ?」と言うつもりだったが意外と素直だった。こんなことを考えている間にも死神は確実に自分たちの首を取りに来ているのだろうけれど、こちらの世界じゃ何も起きていないせいで退屈し始めた。
風景に変化も無ければ、自分の身体に変化も無い。カインだけは状況が複雑だが、零れる涙も害と見なしていないように思える。そんなボロボロ泣きながら凛々しい顔をしたって、何もカッコ良くないんだが。
こんなことを口に出すと殺されそうだ。
案外心の余裕は持っていた。カインだと心強い。僕たちの中で誰よりも魔法という魔法を出し惜しみしていないように感じられたからだ。まぁ、他の人が出さなすぎという点も否定できない。
「おい、ようやく迎えに来たようだぞ」
前方には僕の想像していた死神とは違った死神が居た。
肩下あたりまで伸びた薄い桃色の髪、パッツンと切り揃えられた前髪とは対照的な毛先の巻き具合。黄緑色の瞳、頭から生えた黒色の小さめの羽。白いシャツに紺色のスカート、同色のサスペンダーが白に映える。赤を少し鈍くした色のリボンが、余計に幼さを醸し出している。ただ、背丈を見ると相手の方がカインより背が高い。
「ん? おかしいな。相方はどうしたんだ? いつもお前は上だろ?」
「今日はチェンジ! たまには精神世界で痛めつけタイ! デショ?」
所々発音に癖がある。妙な話し方をする死神だと思った。可憐なステップを踏みながら周り踊っている。神様って変わり者が多いのかな……。
「量産型死神め。そんなんだからいつまで経っても仕留められないんだ」
「リョーサン型死神とは何ダ!」
「君たちを馬鹿にするための言葉だ。ちょうど良いだろう。ぴったりだ」
怒った死神が右手に赤い大きな鎌を出現させる。どこからともなく表れた鎌で空間を切り裂くと、その場所を円の中心としてみるみるうちに真っ黒な世界が変わっていった。
隣にいたカインがいつの間にかいなくなっている。見たことのある風景だと思ったが、その正体はすぐにわかった。
当たっていなくとも熱いスポットライト。二階席、三階席まである大型の会場。謎の違和感が拭いきれない大勢の人。そして僕が立っているこの場所、ステージ。
僕たちの出会いのきっかけになった、オークション会場だ。
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