IF:Farewell Tale

第26話 神々を襲う試練 (1)

 テントの設営や、食事の準備などある程度慣れてきた。初めのうちは難しいと感じていたそれらは、今となっては一時間ともかからずに完了することができる。それは僕以外の人たちもそうだった。皆がテキパキ動いてくれるおかげで、他のことに使える時間が増えたのだ。


 アクレイは容量が良く、すぐに覚えてしまった。吸血鬼というのもあるのか、やけに力があってテント設営には非常に貢献してくれる。それも嬉しいが、もう少し苦戦していても面白かったのに、と思う自分がいた。


想封街デルリム》と《閉息街ガラーム》の距離はかなり離れていて連日野宿が続いていた。


 いつの間にか、アクレイとカインが狩り担当、ロミィとサクヤと僕がテント設営の担当に分かれていた。たまにサクヤが採集に行ったりする。その度に何故か虫を捕ってきて僕に見せようとしてくる。やめて。怖い。


 そんな日々を過ごしていく内に、僕らは少しずつ打ち解けていった。深いところまで語ろうとはしないものの、僕たちに出会う前にあった楽しげなエピソードを話してくれる夜があった。


 僕はいつも聞き手だったが、それでも十分楽しい思いをすることができた。ゆっくりゆっくり摩擦していき、鋭い棘が無くなる。例えるならそんな風だった。話している内容は、言ってしまえばどうでもいいようなものばかりだ。けれど、それが案外楽しかった。


 中には理解のできない話もあった。カインのする神話の話や、サクヤの住んでいた世界の話などが良い例だろう。


 カインは一度話し出したら止まらない。神話に関して、本人は一言一句間違えずに聖書の内容を語っている、と言う。分かりづらい部分は後で解説してくれるが、どうしたらそんなことができるのかと疑問に思う。


 サクヤの話は言わずもがな。他の世界とここの世界の常識が違わない訳が無い。それはそれでカインの話よりは分かりやすく面白い。聖書のような堅苦しい話では無く、どこか現実味のある温かい話が多いのだ。


 特にサクヤの話は異世界というのもあって、世界の状況や人々の雰囲気、過去に何があったから今のこれがある、などと土台をしっかり作ってくれる。恐らくそういう些細な違いが二人の物語の差を作り出しているのだろう。


 僕はどちらも好きだ。それぞれの特徴をひっくるめても、わくわくする話に違いは無い。記憶の無い僕にはすべてが輝いて聞こえるのだから。


 そうやって話してくれる二人に比べて、アクレイとロミィはあまり話をしてくれない。ロミィに至っては必要最低限の日常会話しかしてくれない。アクレイは雑談なども普通にしてくれるが、自分を語ろうとはしない。事実を少しだけ述べて、深い事実を隠すように。どこか寂し気に。


 彼らのように、もっと輝いた話を僕もできたらよかったのに。と度々思う。しかしそれは、今の僕にとっては現実的に不可能なことである。何も持っていない空っぽだから、他より劣っているように感じてしまうのも、仕方がないじゃないか。


「冷めるぞ、飯」

「……あ」


 そういえばご飯を食べている最中だった。生温くなったスープをそのまま流し込むように食べる。それに驚いたのか、カインの身体がビクッと震え申し訳なさそうにこっちを見てくる。


「焦らすつもりはなかった」


 口の中に野菜が残っていたからそれを噛んで砕いて飲み込む。


「大丈夫だよ、お腹空いてたし」


 カインを除く他の皆はすでに食べ終わっていた。もうほとんどカインの器にスープは残っていないが、ちびちびパンを食べている。またこの人は、どこか遠くを見ている。


「ロミィー。ちょ、俺に魔法教えてや」


「……嫌だ、面倒臭い」


「そこをなんとかっ! なんとか教えていただけないでしょうかっ!」


「無理。嫌。カインに教えてもらえば……」


「カインは何かちゃうねん。だからさ! お願いやって!」


 最近のサクヤはいつもあのような感じ。他の人たちがそれぞれの得意分野で戦って貢献している中、サクヤだけは何もできなかった。魔法も何もない世界から来たのだから何もできなくても仕方が無いと思う。


 しかしそれを、彼自身が許さなかった。


「何が違う、だ」


「だってなんか……胡散臭いといいますかー」


「あ?」


 アクレイは基本的に種族の力で戦う、僕も同様に神の力で戦う。僕とアクレイは自信を捕らえて逃がさない、離しようのない力で戦う。


 学ぶ、という点で見るならば魔法使いのカインかロミィが適任なのだが、カインに至っては拒否され、ロミィは拒否をするという状況だ。色んな意味で可哀想だった。



 ぐらり。



 眩暈が僕を通り抜けた。ちょっと疲れているようだ。



 ぐらり。ぐらり。



 立て続けに襲われる。本当はゆっくり休みたいところだけれど、今はそうはいかない。これ以上酷くなるものなら、皆には悪いが休みたい。そう思っていた時だった。


「……ん?」


 カインが僅かに発した言葉はほとんど周りの人にも聞こえていないだろう。


「なぁオーヴェル。、お前も感じているか?」


「眩暈のこと?」


「まぁ、そんな感じだ」


「なら、さっきから酷く、て……」



 ぐらり。ぐらり。



 カインもこの眩暈を感じているらしい。僕はこれだけ症状が重いのに、カインはなんてことない顔をして辺りを警戒している。僕とアイツの差は何だ。僕何も悪いことしてないのに……。


「他の奴、眩暈みたいなのを感じているか?」

「いいや?」


 アクレイが即座に答える。その答えを聞いてまたカインは悩んだ。


「偶然か……?」



 ぐらり。



 止まぬ眩暈に披露しつつある。僕は少しでも楽になろうと、横になる。それを気にかけて、ロミィがそばに来てくれた。


「……何か、あったら言って」

「うん……」


 カインは平気そうにしているが、きっと無理をしているに違いない。度々苦しく歪んだ表情を見せる。カインに無理をしてほしくないが、早く原因を解明してほしいとも思っている自分がいるのだ。


「神と係わっている奴にだけ起こる症状……か? だとしたら何でだ……」


 あのカインでもわからないらしい。




「あ」




 カインがそう呟いた瞬間。そのまま崩れ落ちた。それを助けようと僕は立ち上がって動こうとするが、動いたのは腕だけだった。それも、ただ彼女の方に伸ばしただけの手だった。


 彼女が意識を失ったすぐ後に僕も、徐々に視界が奪われていった。真っ白になっていくこの感じは一度経験したことがある。僕が記憶喪失であることに気付いたあの日だ。原因が何かわからない状態で、意識がシャットダウンされた。




 全く知らない、何もない空間。真っ黒で何もない。気味の悪い場所。これが意識を失った後の空間なら、僕はもう二度と意識を失いたくないと思うほどに、何故かこの空間を忌み嫌っていた。原因もわからず。


 何を考えようにも無気力で、何もする気になれない。神と知っても、それらしい記憶が無いため何もできない。まだカインは良い方だ。記憶もあり、信者もいる。僕以上に神を全うしている。


 その点僕は……何をしているのだろう。



「気味が悪いな。ここは」



「え⁉」


 途端にカインの声がした。僕は慌てて周囲を見回すと、少し離れたところにカインが立っていた。向こうもこちらに気付いて、僕の方に歩いてきた。


「瞬間移動の類ではない。精神世界か何かだと思うが……」


 カインの方でも確信は持てていないようだった。ここが気を失った先の世界じゃないことだけがわかった。それでも十分だろう。僕にとっては。





「まぁ、誰のせいでこうなったか、っていうのはわかる」




「誰の仕業……?」




「地上に降りた神を殺す者。所謂、死神とやらだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る