第24話 原初の神 (2)

 カイン・レフローディという人間に戦闘能力は無い。


 産まれた家族が皇族であり、その血を直に引き継いでいるだけだった。姉が一人、妹が三人の五人姉妹。親戚には同年代のいとこが数多くいる。皇族であるが故にろくに愛を受けずに育ってきた。


 体力は無く、魔法の才能も無い。勉強ができる訳でもなく、何か得意なものがあるわけでもない。与えられたのは高い地位の椅子だけ。それが無駄に、カインを苦しめた。


 可哀想に。私が居なきゃ、何もできない子なんだ。ずっとそう思っていたのに、今日は何かが違う。感情の高ぶりを感じる。今まで何も現実を見てこなかったのに、今日は何かがおかしい。まぁ関係ないのだが。



 あえて全身を影に戻す。実体化しないように設定してしまえば、刺すものも刺せない。


「化け物がっ……」


 シューレルが悔しそうな声を出す。


 けれど私だってこのまま逃げる気にはなれない。一撃でも食らわしたい、一思いに殺してしまいたい。けれど殺すには燃料が足りない。もっと恨みとか、憎しみとか、正義感とか、そういう類のものが足りない。思い込みを求める。


 燃料はすぐに届いた。ああ、そうだ。忘れていた。この人間はアクレイを処刑しようとした。相棒の感情はとても強いものだった。これはこれは、希望に応えて救ってあげるのが神の役目だろうな。


 再び姿を戻す。しかし、下半身は不完全なままだった。こればかりは許容範囲にするしかない。さあ、ここからどう殺していこうかな。


 いまいち盛り上がりに欠ける。今日は調子が悪いようだ。



「逃がしてはくれないんだな?」

「逃がすなんて、そんな愚かなことはしませんのよ?」

「……」



 本当に調子が悪い。魔法を封じられた影響が大きく出ている。まさかここまで、精神面まで刺激されるとは、本当に困った神だよ。オーヴェルは。


「私は、戦いたくない。お互い命なんて賭けないで、やめにしないか?」


「嫌に決まっていますの。ここで殺さないと、あなたは……? あらら。何でしたっけ」


 調子が悪いのは私だけじゃない? 何が起きているんだ?


 私はふと思うことがあったため。上空を見る。そこでは私の思い通りのことが起きていた。これを生きている間に目にするのは、そうそう無いだろうな。


 上空には立体的な魔法陣が広がっていた。全貌を見るに、正二十面体の超高度で複雑な魔法陣。見た目は魔法陣だが、ここに恐らく魔法は関わっていない。それもそのはず、これは全て血液で出来ている。



「おい、見ろよ。シューレルさん、上を」

「私の気を逸らそうとしても無駄ですのよ」



「私より、あっちを止めた方が絶対に良い。近年稀にしかお目にかかれない、吸血鬼が直々に流行らせる疫病の術だ」

「何ですって……?」



 流石に驚いたのか、シューレルも上を見る。上手く状況が呑み込めない、そんな顔をしていた。私は彼女の意識がこちらに向く前に、彼女との戦いにケリをつけたかった。


 隠し持っていたナイフを背後からシューレルの喉に突き立てる。相手に発現させる前に切り裂いた。抑えていた左腕や、ナイフを持っていた右手が血で汚れる。それはやけにべたついていた。


 自分が支える必要も無く、シューレルは崩れ落ちた。ここに優秀な魔法使いが居なければ、彼女はそのまま死んでしまうだろう。それでもいいし、生きていたって別に構わないと思っている。


 私より強い仲間が四人もいるのだ。大丈夫、例え私が殺されても他の人がやってくれる。


 それにしても、上空の正二十面体をアクレイはどうやって作ったのだろう。やはり大量の生贄がいることで、無理やり成せた技なのだろうか。心臓無しには到底できないことなのだが、深くは関わらないでおこう。


 私が判断するに、この疫病は精神病も兼ねている。土地全体にかけた不運の呪いと、人の気を惑わす病。これだけ大規模なものにもかかわらず、効果が薄い。心臓無しが露骨に影響を与えている。


 時間経過もあってか、足も戻ってきた。大して戦ってはいないし、腹が立つが、今はどうしても気分が乗らない。吸血鬼の疫病に救われるとは、何とも哀れな司教だ。


 私は徒歩で街から出ようとする。度々、生きている人に出会うが全ての人が無気力で、私を見ても逃げるか、無視するかの二通りの反応しかしなかった。




 そのまま街を出ても何も言われることなく、道を歩き続けた。何となく、道を進んだ先に彼らが待っていると思ったからだ。こうやって私も疫病の餌食になっているのは何とも笑えない。




 ぽつぽつと生えていた大きな木のうちの一つに、人影が見えた。

 ああ、やはり彼らは。


「あ! おかえり、カイン」


「ただいま、オーヴェル。そしてみんなも」


 待ってくれていた。そのことが嬉しくて、仕方がなかった。


「どうだ、アクレイ。調子は」


「今、術使ってる最中だから話しかけないでもらえます?」


「悪い悪い。ちゃんと終わらせてくれ。あの術に私も影響されて調子が悪いんだ」


「ああ、やっぱり? あはっ、どんまーい」


「何だこいつ。腹が立つな……」


 空に浮かんでいた血液の正二十面体は、形を維持するのをやめて、そのまま地面に落下した。大量の血が空から降ってきたのだ。気が狂わぬ人なんてそうそういない。


「……やってること、完全に犯罪者だよ……」


 ロミィの主張は正しい。しかしまぁ、殺されかけた恨みを晴らすためなら私はそれぐらいやってもいいと思っている。現に私は……、まぁいいか。


「最初から味方なんていないだろう。我々には」

「………………そう、だけど」


 サクヤとオーヴェルを除いて、我々には助けてくれる他人などいない。我々がどう、正義のために動こうとも我々は英雄になれない。結局は犯罪者で終わってしまう。




 とある神を信じているだけで罪。

 他人より優秀であることが罪。

 生きているだけで、罪。




 解釈次第では残り二人もこうやって言い換えることができる。




 異端者だから罪。

 神が地上に降りてきているから、罪。




 例えそれが罪でなくとも、解釈次第では全人類が罪に置き換わる。人の考えというのは実に自己中心的で、ある一定の面からしか見えず、愚かなのだろう。


 そして同時に私も愚かだ。そんな愚かな人間の信仰心が無ければ神だって存在できないのだから。同等だと思わないか?


「体調不良は治った?」

「多分な」


 オーヴェルが少し恐れながら、私に問う。


「次はどの街に……?」


「《閉息街ガラーム》。何ともまぁ、特徴のない街だ。徐々に国境には近づいているから、少しピリピリしているかもな」


 私たちは振り返らずに道を進んでいく。


 一見、ただの犯罪者。自分たちは、置かれている立場が酷いものだったから仕方がないと許している。手段は選ばない、だって相手が手段を選んでいなかったのだから。誰にも救われない、救われたとしてもそれは五人の誰かが助けただけの話。


 悪者でも構わない。好きにしてくれ。自分たちで、散々あがくから。




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