第23話 原初の神 (1)
◆
同時刻。誰もいない路地裏。
別の場所で彼らが暴れているらしい。この状況で堂々と人を殺せるのはアクレイかな? と個人的に思ったりしている。オーヴェルは人を殺せるような人格じゃないし、ロミィは必要最低限のことしかしなさそう、サクヤは未知数。恨みを持って、殺す理由が明確にあるのがアクレイだけだから。それだけだ。
別の場所で大事を起こしてくれたおかげで、自分はゆっくり休む時間を得られた。その時間が無ければ、私は今頃死んでいただろう。それもそのはず、今の自分は人の形をしていない。化け物だ。
短時間に色々なことが起きて頭が混乱しているが、おおよそ整理がついたころだった。その中には自分のことや、オーヴェルのことも含まれている。
自分が買ったものに、惑わされている主人は愚かに見えるだろう。けれど、こういうのを求めていた。心から、喉から手が出るほど欲しかった。これがあれば、相棒もきっと喜んでくれる。
——まぁ待ってくれ、彼らは人だ。私の大切な人だ。
わかっている。粗末に扱うことは絶対に無い。私だって彼らは大切な人だ。それに大金を出して買ったんだ。見捨てたり、道具みたいな扱いをしたりはしないよ。
まず一つ。オーヴェルは私と同じ忘れ去られた神本体であることが判明した。IFの魔法は神にしか扱えない。私はこの目でハッキリ見た、彼の背後に広がる神の魔法陣を。
私だって頑張れば扱えるが、極力頑張りたくないのと、相棒がどうなるか分からないからうかつに使用できない。
——使用されても困る。
でしょうね。多分人格が完全に破壊されるか、身体が破壊されるかのどちらかだ。私にとっても、相棒にとっても良い事は無い。安心しろ。
そして次に、彼が街全体にかけた魔法だ。あれが今の私にとって一番の問題だ。彼はここら一帯に、全ての魔法を消滅させる魔法をかけた。その効果は一時的なものとはいえ、自分にとっては大きな影響を与える。
通常、神と身体を共有している人間の姿というものは、化け物だ。人の形をしていなかったり、人の形だったとしても、目を向けられないくらいグロテスクで気味が悪い姿をしていたりする。
今、カインとして姿を保っていられるのは魔法ありきのことだ。共有している分の負荷と、常に使用している変身魔法の負荷。その両方が四六時中かかっているのが今までの自分。
結局のところ、形を保つのも魔法でやっていることだから、魔法を封じられると本来の姿に戻ってしまう。誰もが不快感を覚えるような、最悪の姿に。
——私は別に嫌いじゃないよ。
それはアンタが人外好きだからだろう……。
今回はオーヴェルのかけた魔法の効果が私にとっては、まだ弱いものであったことが唯一の幸運だった。
人の姿はしていないものの、途中段階で止まってくれたおかげでそれほど不気味な姿では無かった。普通の人からしたら、まだ「怖い」の範疇だろう。
——私はどんな化け物の姿でも好きだよ!
もうお前人外の話で割り込んでくるな。気が散る。
そしてその、怖い姿で暴走しかけたオーヴェルを止めたのだ。もし、あのまま魔法を使っていたら、今まで通りのオーヴェルではなくなっていただろう。それぐらい、『IF』の魔法は危険なのだ。特に、不安定な存在であるオーヴェルにとっては。
あれだけ巨大な魔法、広範囲に広がる効果、もしかしたら今も全身を襲う苦痛に悩まされているかもしれない。けれど、それを治す魔法は私の苦手分野だ。あれだけは自分でどうにかしてもらうしかない。
結局は自分の保身のために彼の魔法を止めたのだ。あれだけでも十分な効果はあっただろう。実際にアクレイの処刑を止められたし、周りの人もオーヴェルに気を取られて処刑どころじゃなかった。
そのまま空中から引きずり下ろしたまでは良かった。怖い姿と言っても、間近で見たらトラウマになってもおかしくない。しかも、中途半端な怖い姿。バレてなかったらいいけれど、バレていたら後から合わせる顔が無い。
——それもそうだけど、あの時表に出て話していたのは相棒じゃないよね?
ああ、そうだ。私じゃない。私が生み出した神の誰かか、部下のどれかだろうな。
——それ、結構大事じゃない?
あの時は仕方がなかったんだ。不完全な姿で、同等、もしくはそれ以上の『IF』の魔法を力で強制停止させたんだから、私も焦っていたんだ。
パニックになると、混ざるし、入れ替わるし、とにかく安定しないのは、相棒が一番わかっているだろう? 今回もそれだよ。きっと。
——最近、ずっと不安定だよ。《
相棒が表に出たな。珍しい。
——それくらい、嫌だったんだよ。今も嫌だ。
大丈夫。相棒が思っているような不安は絶対に訪れない。神を、私を信じろ?
得意だろ?
——ああ、得意だよ。
じゃあ、頑張れ。
それはそうと、身体が徐々に戻っていっている。上半身が元のカインの状態に戻っているが、下半身は実体になったりならなかったりを繰り返している不安定な影のままだ。
立って歩くことに問題は無い。移動も自由にできるが、人間の身体に慣れているとこの状態は少し気味が悪い。やっている側が気味悪がっているのだから、見ている側はそれ以上に同じ感情を抱くだろう。
完全とまでは言わないから、人の形を認識できる程度にまで戻ったら彼らと合流したい。出来るだけ早くに戻らないと、彼らを心配させてしまう。もしかしたら、戻ってくるかもしれない。それは避けなければならない。
ぼんやりと何かを考えていた。今まで起きたことの整理が終わったから、もっと違うことを考えようとした。身体への負荷を軽くするために、杖を取り戻したい。新しいものでもいいけれど、カイン・レフローディを知っている者は私を客として見ないはずだ。
新しく作ってもらうことが難しいのなら、祖国へ行って取り戻した方が早い。結構お気に入りの杖があったんだ。相棒にとっても、私にとっても、気に入っていた杖が。
——あれ、装飾が綺麗なんだよ。
知ってる。叶うのであれば、あの杖をもう一度この手に……。
その瞬間、意識が現実に引き戻された。状況を確認するのにそう時間はかからなかった。それもそのはず、私の首元には長細い針が突き付けられている。
「ネイラル教の司教、シューレル・エムマーロー……かな?」
「正解ですわ。姿も声も聴いていないのに、どうしてわかったのでしょう……」
「まずこの物騒なものを仕舞え」
「嫌。あなたの犯した禁忌は、数えきれないほどあるのです。そんな罪人を生かしておける訳無いでしょう?」
背中を取られたのは本当に良くない。しかしそれほど私は焦っていない。
だって私は。
「信仰心は誰よりもある。それのどこが禁忌だ?」
誰よりも《
信仰が絶対的な自信に繋がるときもある。例えば今みたいに、相棒と私が入れ替わったでしょう? 気づく人はそうそういない。私のこと、もしくは相棒のことをよく知っている人じゃないと、わからない。
「あなたの信仰する神は邪神。そんな醜い低俗なものを信じるあなたの存在は、世間一般に許されていないのよ。我々の神も、あなたを赦していない」
邪神とまぁ、随分と酷いことをいう。
「でもあなたの信じる神は、私を救ってくれなかった」
「ネイラル様は寛大だけれども、あの国に生まれた人間ならざるものを救う暇は無いのよ。人間以下を救う前に、我々を救ってくださるの」
《
「他宗教って、どうしてこんなに分かり合えないんだろうな」
「分かり合いたくもないの。もう茶番はよして?」
「ああ、茶番はやめよう。開戦と行こうじゃないか」
入れ替わりが多い。それだけでも頭痛がするのに今日はどうしてこんなに、入れ替わるんだ? 多分、信仰心を試されているからだ。こんな時に、芯のある信仰心を持たずしてどうする。救われた恩を、返すのだ。
じゃあ、始めようか。相棒。
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