第20話 燃えた額縁 (1)

 夢の中でまた、声がした。知っていて、懐かしい声。林で死にかけた時に聞いた声と全く同じだった。これは、僕の記憶なのだろうか。


 記憶にしては風景も何もない。音声だけ。風景も、あるような気もするけれど、ぼやけすぎて色で判断するのも難しい。






 ——私のせいだ。


 ——私の責任だ。


 ——罪は、償う。


 ——だから……。


 ——■■■を止めろ。





 全く理解ができない記憶が蘇られても困る。自分のせいだと言っているのに、一番大事そうな部分はハッキリ聞こえないし、他人任せだし。


 目を覚ます。何も変わらない。少し離れた隣のベッドでサクヤは寝ている。また早く起きてしまったのだろうか? いいや、そんなことはない。ほんのわずかに、隣のカインとロミィの部屋から声がする。


 何の話をしているかは聞き取れなかった。起きていることさえ確認出来たらそれでいい。


「ん~……なんや。……朝?」

「朝だよ。おはよう、サクヤ」


「……今日は、どっかの誰かさんの処刑の日か」

「アクレイじゃないと良いけどね……」


 一通りの会話を終えた後、サクヤは立ち上がって奥の方で着替える。そういえば僕も朝の支度を何もやっていなかったと思い、身支度をした。


 ドンドンドン。ドアを強く叩かれる。そんなに強くなくても気づくのに、と思う。きっとこの乱暴な叩き方はカインだ。


 僕はドアを開けた。予想通りの人物がそこには立っていた。


「おはよう、あと一時間後くらいにはショーが始まるらしいぞ」

「一時間……」


 後ろにはロミィもいた。


「荷物をまとめろ、すぐにこの街を出れるような心構えだけはしておけ」

「わかった」


 とは言え、それほど大量の荷物を持ってきていない。


「あ……オーヴェル」

「何?」


 少し離れた廊下から、ロミィに話しかけられる。そのままロミィは僕たちの部屋に入ってきて、僕にあるものを手渡す。


「直したから」


 それは僕の上着だった。大穴が開いた部分はすっかり直されていて、ここに傷があったのかさえわからない、完璧な仕上がりになっていた。


 彼女の指を見ると、馬車に乗ったときよりも傷が増えていた。


「わざわざありがとう、指大丈夫?」

「大丈夫……」


 指を隠すようなそぶりをしたのでそれ以上は何も言わなかった。僕は直った上着に腕を通し、少し整える。そういえば、シャツはどうなったのだろう。汚れが酷かったから、捨てたのかもしれない。僕はどっちでもいい。捨てても、捨てなくても。


 上着のみが返されたのだ。シャツはきっと返ってこない。


「ご飯はどうする? 昨日のようにゆっくり過ごすことはできないが」

「最悪無くてもどーにかなる」

「死ぬほど空腹な奴はいないな?」


 昨日ちゃんとご飯を食べたのだ。それなりにお腹は空いているが、我慢できないほどでもない。


 カインとロミィはもう準備が終わっているようだ。僕達の部屋の前で待ってくれている。サクヤも準備が終わったようだ、僕もそれと同じタイミングで終わる。


「行くか」

「行こう」


 覚悟とは違う何か。僕はこれの名前を知らないが、きっとカインなら知っている。






 宿を出る。スタッフは昨日とは違う人になっていた。そりゃそうか。外に出た途端に人の声がやけに騒がしい。これが、処刑日の朝か。


 悪声、歓声、嘆声、尖り声、怒声、涙声、罵声、蛮声。


 害のある生き物を殺すことに喜んでいるか、その種族に対しての恨みや怒りを込めた声を上げるか、ようやくソレを殺せると感情が高ぶって涙する、ここで声を出している人はそれらに分類されるだろう。


 そして僕らのような異分子は、黙って反逆の時を待っている。まだアクレイの姿を見たわけでは無い、できればアクレイじゃない吸血鬼であってほしいと今でも願っている。人が多すぎて、処刑台まで辿り着けていないのが現状だ。


 表通りも裏通りも、人で溢れていて、ろくに身動きを取れる状況ではない。この街に住んでいる全ての人が、集まっている。


「恐らく、処刑は中央広場で行われる。そこまで行かなくてはならな……」


 カインの助言を遮るようにロミィが発言する。



「アクレイだよ。処刑されるのは」



「「え⁉」」



 僕とサクヤが驚く。なぜロミィがそれを確信付いて言えるのだ?


「空き家で探知魔法を使った時に、既にこの街にいた。休憩を挟むたびに使っていたけれど、一回足りとも動くことは無かった。これってつまり、囚われて動けないってことでしょう?」


「なんでそれを黙っててん! もっと早く言えば別の手があったかもしれへんやん!」


 サクヤが感情に身を任せて言葉を放つ。それに負けぬ勢いでロミィも発言するのだ。こんなロミィを見たことが無い。


「不安にさせたくなかった。混乱を招きたくなかった。確かに言おうか迷った。でも……」


「でも……じゃねぇ! アクレイを危機にさらす時間を短くできたかもしれないのに、何でお前はそんな無駄なことを……」


「そう責めるな、サクヤ。ユキナの二の舞になるぞ」


「チッ……」


 明らかに不機嫌になったサクヤ。こんな言い争いをしながらも確実に人を押しのけて前に進んでいる。が、まだ先は見えない。


「それと……昨日彼が居る場所に行った」



「「は?」」



 サクヤと僕の声が重なる。こればっかりは言ってもいいでしょ!


 どうして会ったのに、助けなかったんだ? そういった類の疑問が次々と沸いては消えていく。彼女のやっていることが理解できなかった。


「本当に処刑されるのがアクレイかどうかの確信を持ちたかった。それに、助けられるなら助けたかったけれど、あの檻は私には壊せない」


「あれだろ? 檻に神の力を借りた破壊防止魔法でも掛かっていたんだろ?」


「そう。他宗教の力は……私にはどうにもできない。私の得意分野とは真逆のものだったから、助ける手段が無かった。でも、何もしなかったわけじゃない。一応、知らない人の血を瓶に入れて届けたから、そこまで弱っていないはず……」


 誰も何も言わずに人混みを押しのけて進んでいく時間が流れた。本当は助けたかったけれど、自分の力が及ばないものだった。となればその悔しさは感じなくても、半分くらいならわかるつもりだ。それが命にかかわるものなら、余計に。


 普段からあまり感情を出さないロミィだからこそ、後悔や悔しさが声や表情から感じられずに、僕たちのストッパーがかからなかったのだ。


 この事件は誰のせいでもない。アクレイのせいでも、助けられなかったロミィのせいでもない。



 悪いのは、人柄を見ずに吸血鬼だからと決めつけて殺そうとする大衆ではないか?



 流石に僕の都合の良いように大衆を解釈しているように思える。まだそれに気づける冷静さは持っている。確かに吸血鬼をいう種族は人を襲う種族だ。けれど、全ての吸血鬼がそうであるとは限らない。


 こんな主張、誰も聞いてはくれない。わかっている。それぐらい無力だと。


 人の密度が上がってきた。確実に中央広場に近づいている証拠だろう。かなり離れた前方で一際盛り上がる声が聞こえた。一瞬、もう処刑されたのかも、という思考が過るがそうではないらしい。



 舞台の主役が、処刑台に上ったのだ。きっと。



 そう決めつけると途端に僕の足が早まったような気がした。人を押しのける力も一段と強くなる。焦りと恐怖を燃料に、僕をそこへ連れていく。





 ようやく見えた、処刑台。






 そこからの景色は、どうだい?






 人混みを押しのける僕の姿をアクレイは見られないだろう。異常な動きをしている集団としては見られるかもしれないけれど、この人の多さだ、きっと無理だ。僕も処刑台しか見えていない。アクレイの姿をこの目で捉えていない。


 処刑台と言っても、そう高いものではない。それでも広場と比べたら、集まる人の手が絶対に届かない高さに作られている。


 押しのける、進む、押しのける、進む、押しのける、進む。


 時々僕に対して怒る人もいた。そんな人は無視して、ただ処刑台の方へ進む。





 ようやく見えたアクレイは磔にされていた。





 柱に括りつけられて、手足は完全に縛られている。そして、何かの液体を全身にかけられた跡が服や髪に残っている。足元にも液体が広がっている。先ほど、前方の人たちが声を上げたのはこれかもしれない。盛り上がる要素には十分だ。





 早く、早く、早く、アクレイの元へ!

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