第19話 希望を振り撒く


 弱って死なないようにと、水とカチカチのパンだけは与えられる。それ以外の時に人と会うことは無い。こうやって血が足りない状況じゃ無ければ、こんな檻など造作ないのに。


 今が何時かどうかもわからない。等間隔で食事が来るわけでもないので、時間を知る手段にはならない。朝と夜の間はかなり長いから、唯一それで日数を判断している。


 最初の内は食事の度に口の布が外されていたが、街の奴らが面倒臭くなったのか、もう口に布が当てられなくなった。息はしやすいし、話すことも可能だが、正直に言って、俺にはあまり関係のないことだった。


 生活できなさそうで、できる縄の量、結び方なのが余計にイラつく。


 人間の血が足りないからと言って死ぬわけでは無いが、衰弱はする。思考もろくに働かなくなり、腕一本すら動かせなくなる。あくまで動かせないだけであって、痛みなどは一切ない。


 そんな俺にここを出ようという考えは、無かった。


 あいつらなら助けに来てくれる、とも思っていた。けれど、死に様を見られたくないだとか、危ない目に遭ってほしくない、巻き込みたくない、とも強く思っていた。




 ……今、目の前にロミィが立っていなければ、この考えは変わらなかっただろう。




 暗い色のローブに身を包んだロミィが檻の目の前に立っている。彼女がここにいるということは、残りの人もいるだろう。


 助けに来たのだろか? それにしても立っているだけで、檻を開けようとする素振りは全くない。何しに来たんだ?


 しばらく何も映さない瞳で見つめられたあと、ゆっくり、小さな声でロミィが話し出した。


「ごめん、これだけしか無理だった……」


 小さな瓶を檻の隙間から転がす。中には紅い、どろっとした液体が入っている。これは……。


「血。一応言っとくけど、私のじゃ無いよ……」


「誰の?」


「……さあ?」


 最初から期待などしていなかったが、これは本当に助かる。一滴の血でも、今の俺には大きな影響を与える。


 最後の力を振り絞って、血液操作を行う。血液を操り、瓶から出して、俺の口に入るようにする。魔法でも何でもない、吸血鬼としての種族の能力。


「……はぁ。助かったよ」

「でも……ここからは出せない。ごめん」

「わかってる。少しの血でも助かったよ」


 俺が身体を強引に動かして、瓶を檻の近くまで転がす。それをロミィが拾って懐に収めた。


「明日俺が処刑されるって、みんな気づいてる?」


 こんなことを言っても、表情一つ変えずに受け答えするロミィ。


「確信じゃないけど……、何となく、でも、アクレイじゃないと願ってる」

「そ、まぁいいや」


 それから数十秒の無言が続いた。本当に今のロミィは助けられないんだなと、改めて思った。


「救われる準備だけ……、しとけば?」


「誰にだよ」


「誰でも。ほら、言うじゃない。救われるのは、救われる準備が出来てる奴だけ。みたいな……」


 別に助けられるのが想定外という訳では無い。むしろ救ってほしいまでもある。自分の感情が矛盾していることが当たり前になってきて、それを悪く思う自分もいない。おかしな話だ。


「お前は助けないだろ? サクヤは俺のために何かするような人じゃないし、カインは俺が個人的に嫌だ。だったら……」



 消去法で、オーヴェルか?



「私は知らないから、何も言えないけれど。彼に自分の命を捨ててまでアクレイを助ける勇気があれば、の話……。それか……」


「それか?」


「………………何でもない。じゃあ、また明日……」


 そのままロミィは暗闇に消えていった。相手がロミィじゃなくて、カインならいくらでも追い詰めて吐かせたのに。残念。


 不安は払拭されていた。最期に理解者と話せたことは心の平穏を保つ材料にうってつけらしい。理解者ではあるが、信頼はしていない。そもそも誰も信頼していないけれど。


 俺はそのまま目を瞑る。鼓動は感じない。復讐……は、どうでもいいか。少なくとも今の俺にはどうでもいい。


 何とも言えない感情を押さえつけて、再び眠った。




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