第18話 一度きりのパスタ
僕たちはそのまま街を歩いて宿を探していた。それなりに大きな街なので宿などいくつも見つかるが、その全てをカインがスルーしていった。
流石のサクヤも焦りだし、声をかけた。
「カイン? 一応聞くねんけど……宿をお探しになってる……?」
「なってる」
「その割には全部通り過ぎて行ったけど」
「………………本当?」
もしかして、本当に気づいていなかった?
「目ぇ節穴すぎるやろ……マジか」
返って笑えてきたらしい。
サクヤ主導で僕らは今歩いてきた道を戻っていく。
なんてことない大通り。お喋り好きな人間が集まる酒場。そうなれば自然と噂話も、耳に入ってくる。例えそれが、自分たちにとって不利益な情報だとしても。
「……ってな。そういやよぉ、聞いたか? 明日は待ちに待った処刑の日だぜ」
「ああ! 聞いたぞ聞いた! げっへへへ。本当に馬鹿だよなぁ。やっぱアレか? 食欲には抗えないってな!」
「どんな処刑の仕方かは知らねぇけどよ。とびきり派手だと聞いたぞぉ……」
「プライドの高ぇ吸血鬼様にはお似合いの死に方だろうよ! ガハハっ!」
僕たちの歩く速さはいつの間にかどんどん速くなっている。それは僕も例外じゃない。無意識に全員が、この場から早く離れたいと心の底から願っているのだ。
「こっちや」
サクヤが先頭に立って裏路地に入っていく。道は狭くなったが雰囲気は落ち着いている。ちょうど右の方面に宿の看板が見えて、そこに逃げ込むように入っていった。
「二人部屋を二つ」
カインがスタッフにそう告げると、スタッフは不機嫌そうな顔をしながら部屋の鍵を渡してくれた。
「深夜にすまない。チップだ」
そう言ってカインが一枚の紙幣を渡す。するとスタッフは目の色を変えて、お部屋までご案内します、と丁寧な接客態度に急変した。
203、204が僕らの借りた部屋の番号だった。隣り合った部屋で移動はしやすそうだった。僕とサクヤが同じ部屋だった。僕が荷物をテーブルの上に置くと、休む暇もなく、カインとロミィが僕たちの部屋を訪れた。
「飯を食べに行こう!」
「お金無いんじゃなかったの……?」
「嘘だ。物品で交渉できそうだったから、したまでだ」
そういえばこの人、人間四人買うのに十億使った人だった。
外には出たくなかった。先ほどのような聞きたくない噂話を耳に入れなければいけない。それ以上に集中できる状況を作れればいいのだけれど、僕の想像通りの環境にはなってくれない。
それでもご飯となると話は違う。サクヤは乗り気だし、ロミィもそれなりにお腹が空いていることだろう。発言している本人なんて言わずもがな。僕だけの我儘で食事の時間を奪ってはいけない。
「行こうか」
僕は笑顔でそう答えた。
そのまま宿の階段を下りて、カインがスタッフの人に「ご飯を食べてくる」と言って、スタッフはそのまま礼をした。チップの効果ってすごい。ていうか、一体いくら渡したの?
外は静かな路地裏。表には出たくない。騒がしさと酒臭さは、僕らには似合わない。
「裏路地にいいお店は無いだろうか」
カインが僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、路地裏で店を探そうとしてくれている。
「こーゆーとこ絶対美味しいお店あるって! 頑張って探そ!」
そのまま裏路地を進んでいくと、いかにも隠れ家的な食事処を見つけた。全体的に暗い色の系統で統一されている木造建築で、少し人の声がすることからそれなりに客はいるだろう。
「どうする? ここにするか?」
見た感じの雰囲気は良さそうだった。僕も皆も、そろそろ空腹で限界になっている。長く考えることなく、僕らは店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席にお座りください」
このお店の人は好印象だった。やはりあの宿が異常だっただけなのか。僕達は四人全員座れそうなテーブルを選び、座った。
メニュー表がテーブルに置いてあったのでそれを見てみる。名前だけではどんな料理か想像つかない。僕が戸惑っていると、隣に座ったサクヤも戸惑っているようだった。
「何か食べたいものはあるか?」
「……何でもいい」
ロミィがすぐさま答える。
「えー、パスタ食べたいなー、パスタ」
ペラペラとメニュー表をめくっていく。ちょうど様々な種類のパスタが載っているページを見つけたようで、そこで手が止まる。
[ゴロゴロお肉の贅沢パスタ]、[シンプルナポリタン]、[濃厚クリームカルボナーラ]、[当店一番人気! ペペロンチーノ]……。並べられた文字列だけでも美味しそうだと思える。僕もパスタにしようかな。
「[季節の貝を使用した、日替わりパスタ]……。俺これにしよっかなー、えー、どうしよ」
期間限定メニューらしい。日替わりパスタということは、具もソースも前日と同じものは無いということだろうか。
「よしっ! 決めた、俺これ」
指で刺した先には日替わりパスタが。頼むことにしたらしい。
「じゃあ私もそうしようか」
「あ、じゃあ……僕も」
「……何でもいい」
ロミィはそれ以外喋らないので、結局全員が[季節の貝を使用した、日替わりパスタ]を頼むことになった。店員さんをサクヤが読んで、注文していく。
「季節の貝の日替わりパスタ、四つで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員さんは去っていく。料理を待っている間に、神妙な顔をしたカインがゆっくりと口を開いた。
「アクレイ、この街にいると思うか?」
誰も答えない。この時、僕は酒場にいた人たちの噂話を思い出した。
「……そういえば、酒場のおじさんたちが何か言ってたよ。確か……明日吸血鬼の処刑があるみたいなことを」
「……そんなことを言っていたな。私も聞いた」
重い空気が張り詰める。ロミィは全く別の方向を見て目を合わせてもくれないし、サクヤは少し困ったような表情で料理を待っている。
「お先に失礼します。お水をお渡しするのを忘れていましたので、ここに置いておきますね」
「ああ、どうもありがとう」
四人分の水の入ったコップが僕たちの前に置かれる。カインがそれに口をつけて、一口だけ軽く飲んだ。コトッと優しくコップをテーブルに戻す。周りに客はいるはずなのに、このテーブルには静寂が漂う。
「そう、不安そうな顔をするな」
カインの優しい眼差しは僕に向けられていた。もしかしたら、アクレイが処刑されてしまうかもしれないのに。不安を抱えずに、何を抱えろと言うんだ。
「今は、これから来る料理を楽しもうじゃないか」
それ以上は何も話さなかった。話すことが無かった訳では無い、けれど、何も話す気になれなかった。このままだと食事さえ喉を通るかわからない。
「お待たせいたしました。[季節の貝を使用した、日替わりパスタ]です。どうぞごゆっくりお過ごしください」
僕たち四人の前に四つの皿が並べられる。三種類の貝が調理されて、おしゃれに盛り付けられている。白い皿に、黄色の半透明なソースがかけられたパスタ。緑色の葉物野菜が地味な食卓を彩る。
「いただきます」
サクヤがそう言って、フォークを手に取り、巻いてく。ちょうどいい大きさになったと思えば、徐に口に入れた。
「美味っ……」
お気に召したらしい。僕もそれに続いて、くるくると巻いて、食べた。
口いっぱいに広がる貝の風味。貝の味を邪魔しない、しっかりと味のついたソース。噛んだ時の食感がクセになるちょうどいい湯で加減のパスタ。触感と言えば、貝の食感も良い。獲って何週間も経ったものじゃない、新鮮なものを茹でたものだと思う。時々混じってくる葉物野菜も良いアクセントになって、飽きない。
「美味しい……」
全員が黙々とパスタを食べている。水を飲むことも忘れて、目の前の料理をもっと味わいたいとだけ考えて、食べていた。
それからしばらくして、自分のお皿が空になっていることに気付いた。いつの間に全部食べていたんだろう。それくらい美味しかったのだ。
「美味しかった……」
「めっちゃ美味かったな……」
「パスタ苦手。でも……美味しかった……」
「また、これが食べれたらいいな……」
カイン、サクヤ、ロミィ、僕が続いて言葉を零す。それぞれが立ち上がり、レジへ。カインが「外で待っとけ」と言って、僕らは先に外に出た。会計を済ますと、カインも出てきた。
「どうする? 夜も遅いが、宿に戻るか?」
「そうやねー。もうちょっと眠くなってきたし」
来た道を戻り、宿に帰っていく。宿のスタッフの対応はまだ良い。凄く丁寧に案内し続けるものだから、逆に不気味にも思えてしまう。
各々が次の日の準備をしたり、入浴したり、着替えたりしている間にすっかり眠くなってきた。僕は倒れるようにベッドに横になる。
……処刑されるのがアクレイじゃ無いように、他の吸血鬼でありますように。そう願って意識は溶け落ちた。
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