第17話 不運を逆位置に (4)

 神⁉



 てっきり大魔法使いとか賢者とか、そういう名前が出てくると思ったのに、一番予想外で突飛な言葉が出てきた。


 カインは神と身体を共有しているが、その発言の意味をそのまま汲み取るならば僕自身が神ということになる。記憶喪失になる神って何⁉


 僕はパニックになる。そんなこと現実にあってもいいのか? 僕が神な訳が無い。そんな思考が表情や身体に出ていたようで周りの人まで不安にさせてしまう。


「えっ……、ちょ、っと待って? ヴェルが神?」


 一番動揺しているのがサクヤだと知り、束の間の冷静を手に入れる。


「魔法の構築にはルールがある。一つ、初めの詞は信仰する神の名前か、頭に置ける専用の魔法言語であること。二つ、すべての構築に使用する言語は魔法言語であること。三つ、代償を必ず用意すること。だ」


 カインが目を細めて言葉を続ける。


「ルールに則っていない場合は魔法が発動しない。ただし、信仰以外の神の影響力があればこの話は無かったことになる。つまり、そのまま未完成の魔法の構築でも、使用者が願った効果が表れる。だから……」


「彼自身が神だと思った、と?」


 ロミィが割り込むようにカインの言葉を奪った。見せ場を取られたカインが少ししょんぼりした顔をして、すぐに気を取り直したのか表情が真剣なものに戻る。


「正確に言えば神に近い存在だ」


 何かに気付いたのか、ロミィがハッとした顔をしてその表情が曇る。


「……もしかしてだけど、カイン?」

「なんだ?」

「わかってて、買ったの?」


 恐怖に限りなく近く深い怯え。その震える声から伝わってくる。


「神に近い存在、は、想定外だ。記憶喪失であることはオークション時点でなんとなく察していたが、コレは予想外だ。わかったか?」


「コレ……。まぁ、えぇと……」


「宝箱を開けるような感覚で買った。一種の賭博だな、自分の人生もろとも賭けたリスキーな宝箱だ。実際、とんでもないお宝が入っていたようだしな。オーヴェルが神に近い存在だからと言って、見捨てるようなことはしないさ。安心しろ」


「……」


 流れるように僕が暴かれていく。僕自身どんどん暴いてくれとも思っていたし、失う怖さも同時に持っていた。僕は僕を知りたい、けれどその道中に失うものがあるかもしれない。僕もカインも、人生を賭けた賭博をやっている。


 より深くを知りすぎて失うか、浅く知って失わずに済むか。ギリギリのラインを攻めて、より多くの還元を望む。失敗したらそこで終わり。……それで良くない?

 相反した考えが僕の周りをぐるぐる回る。


「実感は……湧かない」


「そりゃそうだろ。私だって神と身体を共有している自覚は無い。そこに事実として、他者から見ればそう存在しているだけだ。まぁ所詮仮説だ、全てを信じて受け入れろとも言わないし、受け入れられたら困る」


 カインと話すことは確証の無いものが多いような気がする、もちろん、この世界のルールや基礎的な知識は事実だが、それ以外、僕たちに関することに確信を持つことはほとんど無い。


 他人のことなどわからない、という観点から見ればそれも当たり前なのだが。



 ガラガラガラ……。僕達がとぼとぼ歩いているとそこに大きな音が近づいてくる。敵かと身構えるが、その大きな影に僕は警戒を解いた。



「馬車……か。これもある意味幸運だな」


 馬車を操る男性が一人、少女が一人乗っていた。


 男性の方は銀髪で短く切り揃えられている、藍色の瞳で、座っている状態でも身長が高いことがよくわかる。細身で、顔立ちは整っている。好青年を思わせる。

 少女の方は黄緑色の髪で、右目が隠されている。長い髪は下の方で二つに分けられ括られている。赤色の瞳の、ジト目。


「やあ、お兄さんお嬢さん。荷台でいいから乗せてくれないか? タダでとは言わない。相応の対価は払うつもりだ」


 少女の方が先に反応する。


「対価って、何を払うつもりなの」


「生憎手持ちに金は無い。だから物品にしようと思っているんだが、どうだ?」

「物品ね。具体的に言ってよ」


「《火鞠の札フィアラスキィ》。今は亡き魔法道具師、ノジョ・ユーキッドの代表作のうちの一つだ。価値のわかる人間は多いだろうから、そこそこな値で売れると思うぞ」


 僕に渡したものは《水鞠の札ウォータスキィ》。きっと同じ作者、同じシリーズなのだろう。それにしても話を聞いている限りでは貴重なモノらしいが……。大丈夫だろうか。


「クシー。その方たちを乗せようじゃないか。どこまでだ?」


 銀髪の男性が食いついた。彼は価値がわかる人のようだ。


「《想封街デルリム》まで、最速で頼む」


「半日もあれば着くだろう。クシー、良いな?」


 先ほどからクシーと呼ばれているのは黄緑髪の少女のことらしい。彼女は頷いて、少し警戒しながら荷台に乗せてくれた。


「あたしはクシー・ガエルカ。こっちはトレー・ガエルカ。兄妹なの。よろしく」


「兄妹で旅とは、仲が良いようで。私はカイ・ローディ。よろしく」



 コイツ偽名使ってやがる……。



 この場にいる人で、カインが偽名を使う理由をわかっているのはカイン本人とロミィだけ。残っている二人も祖国から逃げてきて指名手配されていることから、本名を容易く名乗ることができないのだと察しはついている。


「残りのあなたたちは? お友達?」


「……オトモダチ。ミィ。よろしく」


「港ノっ、ぐふっ……!」


 名前の形式の違う本名を名乗ろうとしたサクヤを、ロミィが小突く。


「サクヤです……」


 本名には違いないが、ロミィはそれ以上何もしない。許されたのだろう。


「オーヴェルです」


 これを自分の名前として名乗るのは新鮮味があった。これが自分の今の名前なのだと気分が明るくなる。


「苗字は……聞かないでおくわ。きっと何かあるのよね。お互いそんなものね」


 察しがいいのか、単に面倒ごとに関わりたくないと思ったのか、クシーはそれ以上を追求しない。僕達にとっても有り難かったし、僕に至っては苗字が無いのでどうしようもなかったから助かった。苗字も考えた方が良いのかなぁ……。


「トレー……と言ったか? 先に《火鞠の札フィアラスキィ》を渡しても構わないか?」


 馬を操るトレーがこちらを振り返って返事をする。


「今でいいのか? こう、任務を遂行してから報酬として払うようなやり方だと思っていた」


「トレー。逃げられるよりはマシだと思わない? ね?」


 割り込むようにクシーが主張をする。少し戸惑う表情をトレーがしたが、そのまま妹の意見を採用するらしい。


「クシーがそういうなら」

「話はまとまったか?」

「ああ、今、渡してくれ」


 それを聞いたカインは懐に手を突っ込んで探る。見つかったようで、そのまま札を取り出した。


「本物だな」


 トレーは偽物を渡される可能性があると思っていたらしい。見ず知らずの他人から交渉を持ちかけられたら、そりゃ疑いもするだろう。


「じゃああたしが受け取っておくね。トレー」


「それじゃあ、《想封街デルリム》まで頼んだぞ」


「「もちろん」」


 二人が返事をして、その後に会話は無かった。


 荷台でロミィが僕の上着を直している。針と糸を丁寧に扱い、破れた部分を上手に縫っていく。糸も限りなく服の色に近いものを使っているからか、全く目立っていない。それにしても、上手だ。

 でもよく見ると、指の所々を怪我している。努力……しているんだろうな。







 それから半日ほどで《想封街デルリム》に着いた。


 馬車というものを侮っていたが、こんなに早く、楽に移動できるのならばもっと早くに知っていたかった。


 すっかり日は暮れていたが、宿には泊まれるようだ。それが嬉しくて嬉しくて。ゆっくりベッドで体を痛めずに寝られることに期待している。


 街には多くの人がいた。夜なのにもかかわらず賑わっていて、酒を飲んでいる人も勿論のこといた。屋台なんかに人が集まっていたりして、道中、他人をほとんど目撃しなかった僕からしたら人に酔いそうだった。


「ありがとう、二人とも」

「困ったときはお互い様だ」


「あたしは楽しかったよ! またどこかで会えると良いね。あ、そうそう……」


 クシーが一瞬口ごもるが、ニヤついた表情で驚きの言葉を放った。


「あなたの奇行、楽しみにしているね! 


 クシーがカインの名前をハッキリと呼んだ。カイ、と名乗ったはずなのにどうして……?


「そちらこそ、どこで肉体を得たんだか。?」


「クシー、行くぞ。宿が取れん」

「はーい! またね! みんな」



 精霊……。あの二人は人間じゃなかった。全く気付かなかった。

 妙な心のざわめきを感じながら、その兄妹と別れた。

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