第16話 不運を逆位置に (3)

 カインが骨を処理し終わって戻ってきた。ずっとここにいては埒が明かないとなり、僕達はひとまずテントに戻ることになった。幸運にも足は無事で、左手で右肩を抑えながら、そしてロミィに支えてもらいながら帰ることができた。


「お~! ようやく戻ってきたか! いや~、一時はどうなることかと」


 何かいい香りがする。そういえばカインは狩りに出かけたのだ、きっとその獲物を調理しているのだろう。


「サクヤ、料理の方はどうだ?」


「おう! 順調順調。あともう少し火を通せばちょーどええ感じなるで」


 ぐつぐつと煮え立っている鍋の中には一口サイズの肉がゴロゴロ入っている。昨日の質素なスープとは大違いだ。


「見た目からしてスタミナを回復できそうだな。やはり早朝に狩りをしておいてよかった」


「……何肉?」


 不安になったロミィが一応、確認で聴く。


「馬鹿みたいに空を飛んでいる鳥だ。投げたナイフが当たったんだ」


 その話を信じると、カインの基礎能力がかなり高いことになるが……?


「当てられるわけ無いでしょ……。神様頼りの魔法使いが」

「チッ、バレたか。オーヴェル辺りは騙せそうだったんだがな」


 ちゃんと疑ったよ。残念でした。


「まー、もうちょい待てや。念のためよぉ火通さな危ないから」


 お玉でぐるぐると鍋の中身をかき混ぜていく。芋、野菜、肉、黄金色のスープ。すべての要素が僕の食欲をそそる。


 僕はテントの中で待っていることにした。外が見える位置に座って休む。それを見かねたロミィがこっちに来て隣に座った。


「…………まだ痛む?」

「うん。でも結構マシになったよ。多分」


「多分?」


「痛いんだけど、痛くないみたいな……なんて言うんだろうな、変な感覚」


 言っている通りの感覚が僕の肩に居座っているのだ。もう少しわかりやすい例えでもあれば良かったのだが、生憎思いつかなかった。


「どちらにせよ、治ってきているならいい……」


 そう言った彼女は無言で僕の方に手を出してくる。どうしてだろう、と思い考える前に彼女は答えを教えてくれた。


「上着、貸して」

「え? ああ、はい」


 よくよく思い出してみれば、僕はあの時服の上から攻撃を受けた。当たり前すぎて気づいていなかったが、僕のシャツ、上着にもその傷が残っていた。

 僕の身体に傷は残っていないけれど、服からその怪我の大きさも十分に分かった。ていうか……服、血だらけじゃん。


「上着だけじゃ無かったか……。まぁ、そりゃ、そうだよね……」


 恐らく服に空いた大穴と、汚す原因となった血のことを言っているはずだ。


「ご、ごめん」

「オーヴェルが誤る必要は無い……、どっちかっていうと謝るのはカインの方……」


 確かにあの人、僕に反撃を食らうかもしれない危険な札を渡してきた。案の定反撃を食らって右腕全体が痛い。


「とりあえず上着だけは直す……けど、シャツは違うものを」


 確か予備の着替えがあったはずだ。僕が自分の鞄の中を探している内にロミィはこう言った。


「外でやってるから、ごゆっくり……」


 あまり待たせないようにと僕はすぐに着替えた。傷があったはずの場所を見ると、何も残っていない。傷痕くらい残っているものかと思っていたが、怪我をした形跡さえ残っていないのだ。


 魔法は何というか……凄い。


 着替え終わった僕はすぐにテントを出てロミィの元へ向かう。


「オーヴェル、ちょうどいいタイミングで来たな。ちょうどできあがったところだ」

「本当? やったあ」


 視界の端にロミィが見えた。彼女もこのまま食事をするつもりらしく、持っていた上着を一旦置いていた。

 お腹は空いていたし、美味しそうな料理を心待ちにしていた。


「ヴェル! はい、どーぞ」


 器に盛られたスープは昨日のものとは全く違うものに見えた。肉があるおかげで豪勢に見えるのかはよくわからないが、スープも具材も何もかもが輝いて見える。硬いパンを見ると現実に引き戻されそうになるが、何よりスープがとても美味しそうなのでそれすらも無視できた。


 スプーンで具材と共にスープをすくう。そのまま口に入れる。


 お肉がほろほろと溶けていくくらいに柔らかく、野菜の旨味が滲み出たスープによく合う。昨日と違うのは新鮮な肉の有無くらいだと思っていた。いや、実際そうなのだろうけれど、どうしてこれほど味の違いが出るのだろう。


 他の人たちも同様のことを考えているらしく、あまりの美味しさにとろけそうな顔をしている人もいれば、ガツガツと夢中になって食べている人もいた。





 それからしばらくして、皆の器が空っぽになったころ。朝ご飯なのか昼ごはんなのかわからない食事を終えた僕たちは、テントを片付けて再び出発しようとした。


 本来の出発予定の時間からは大幅にずれてしまったらしい。それが僕のせいだと思うと、つくづく申し訳ないが、内心僕のせいじゃないよねとも思っていた。


「不運に見舞われた分、良いことが起こればいいんだがな」


 本当にその通りだ。死にかける、魔法道具の反撃を食らう、出発が遅れる……今日は本当に散々な日だ。


「じゃあ、どこかの誰かがかけた魔法の効果でも試してみるか?」


 カインが出発と同時にそんなことを言った。どこかの誰か? カインがそう言うということはロミィが何かしらの細工をしたということだろうか。


「私とカインは何もしていない……はず」


 ロミィまでもがそんなことを主張する。サクヤは何か魔法を使えた? 異世界に魔法があるのだろうか。


「《水鞠の札ウォータスキィ》に力を込めて魔法を使ったのはどこの誰だ。本当に気づいていないのか?」


「ああ、僕か……」


 けれど、あの魔法の効果は相手を水で窒息させる程度のものだったはずだ。そこに効果を確認するといっても、被害者はもう骨になった。


 同じペースで歩いていたところを、カインが急に走り出して、皆の前に立つ。そして僕に向かって指をさし、告げた。


「あの《水鞠の札ウォータスキィ》がたった一回の使用で壊れる訳が無い。となれば壊れた理由は、魔法道具の容量を大幅に超える魔法を使用した、ということくらいしか考えられない。どんな魔法を唱えたんだ?」


「えぇ……と、正確ではないと思うけど。水鞠の札ウォータスキィ、害を遠のけ不運を逆位置に……みたいな感じだったはず」


 思い返して、いざ口に出してみると恥ずかしさが増す。不完全なのはわかっているし、カインのように魔法が扱えるわけでは無いことも十分承知の上で使ったのだ。

 その道に詳しい人からしてみれば、僕の魔法なんて小さな子供がふざけ半分で言うようなものなのだ。きっと。


「……」


 カインは呆れたのか、ポカンとした顔でこっちを見つめては動かなくなってしまった。


「何か、言ったらどう……?」


 ああ、もう。失敗? 自分でも顔が赤くなっていっているのを感じている。

 ロミィも同じように驚いた表情で、そのまま固まってしまった。ようやく動いたと思ったら、その発言は意外なものだった。


「よく……魔法が発動したね……」


「え?」


 動かなくなったカインを強引にロミィが歩かせる。その間、表情は一ミリたりとも動かなかったし、ショックが大きいのか目の焦点すら合っていなかった。

 一体僕は何をしてしまったんだ?


「最初が使う魔法道具の名前……。尚且つ魔法言語を使わずに……。何食べたらそんなこと、できるのよ……」


 ゲホッゲホッと息を吹き返したかのようにカインが咳をする。すると少し困ったよな表情で僕に問う。


「そんなことをやったら、壊れる。当たり前だ……」


 僕の思っていたこととは違う方向で驚かれた。状況はよくわからないけれど、馬鹿にされるよりは遥かにマシだ。


「まぁ……そうだな。成功していたら、それなりの幸運が訪れるだろう。実際他の効果は出ていたし、成功しているのだろう。しかしそうなるとオーヴェルは……」


 そこでいったん言葉を途切れさせて、一息吸ってから告げた。





「それこそ、神様に近い存在ということになるぞ」

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