第15話 不運を逆位置に (2)

 死にたくないっ!!


 僕に向かって真っ直ぐ振り下ろされたシャベル。何とか避けようとしたが、避けきることはできず右肩に思いっきり当たってしまう。


「っ……はっ………………」


 勢いもあってか、服が避けて肩から血が出ている。空いた手で肩の傷を抑えるが、それでもいつも通りの行動はできない。


 不思議と痛みはほとんどなかった。急な怪我で感覚が麻痺している証拠だろう。逃げるか、倒すか、何かしないと僕も土の下に行く羽目になる。


 それだけは嫌だ!


「しぶといな、さっさとくたばった方が楽だぞ?」


 くたばってたまるか。

 楽を求めているんじゃない、僕は、僕は。僕は!



水鞠の札ウォータスキィ。害を遠のけ、不運を逆位置に!』



 一言でコメントするならば、不揃いだ。魔法専用の言葉なんて知らないし、僕に残されたものは札だけだった。ここで何も起きなくても、おかしくない。というか何も起きないと思っていた。


 僕の手に握られた血だらけの札が手元を強引に離れると、僕の目の前で水色の光を集めだした。


「チッ、魔法使いだったのかこのガキ!!」


 十分に光が集まり、札を直接見ることすら難しいくらいになったときにそれは力を発揮する。光は線となり、男二人を包みだす。


「うがあああああああああ!!」


 線は水となり、泡となり、二人を窒息させる。ガクンと崩れ落ちた二人に驚き、死んでしまったのではないか、と心配し様子を見るが、どうやら気を失っているだけに見える。


 札はどうなったかというと、そのまま敗れて地面に落ちていた。数回使ったら壊れると言ったのに、たった一回で壊れた。カインの言っていることと所々違う。結果的に救われたから良いけれど、もし僕が魔法を唱える勇気が無かったら死んでいただろう。


 そんなことはどうでもいい。いくら強く傷口を抑えているといっても、溢れ出てくる生温かい血液は止まってくれない。


 今になって激痛が上半身を占拠する。僕は一歩も動けなくなったし、そのまま座りこんで痛みが引いていくのを待つことしかできない。きっとその間に男たちは起きて僕を殺す。もう、だめ、かもしれない。


 耐えろ、耐えられない。痛くない、痛い。居たい。遺体? 土の下はきっと冷たい。


 死にたくない。


 指の隙間から流れ出ている血が現実を物語っていた。ぽたぽたと地面に落ちて、染めていく。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い………………。


 視界が白く染まっていく。肩から腕にかけて、上着もシャツもすべて赤色だ。傷口を直接確認する勇気もない。どれぐらい酷いのかとか、見れたら、残った時間とか、察しが付くかなとか。


 朦朧とする意識。走馬灯なんて流れるほどの記憶が無い。瞼の裏にいるのは、サクヤ、カイン、ロミィ、アクレイ。君たちだけだった。

 もっと他に人がいるはずなのに、そこには四人しか立っていない。寂しいな。でも仕方がないか。









 どこかで、話した、言葉が聞こえてくる。


 ——魔法の代償は重い。


 ——キミは……本当にそれでいいの?


 ——取り返しがつかないんだ、事の重大さをわかっているのか?



 わかっているよ。



 ——唯一の…………だ。役目を理解しているのだろう。


 ——そ、それでもキミは自分の気持ちを優先しても良い権利があるはずだよ。



 ううん。大丈夫。



 ——覚悟はいいかい?



 うん。ありがとう。また役に立てて嬉しいよ。



 ——次も、役に立てよな。


 ——ちょっと、その言い方はダメでしょ……。


 ——次に希望しなくとも、どうせ巡り廻る。



 そうだよ。心配することないよ。



 ——え、えぇと……元気でね?


 ——どうせ何も覚えていないんだろうなー。それもいいか……ある意味。


 ——じゃあ、やるよ。



 うん。ありがとう。みんな。それじゃあ、



 







 凄く、懐かしい。


 姿は見えない。声も聞こえなくなってしまった。聞いたことのある声だった。でも、それが誰かわからない。


 多分これが僕の失った記憶の一部で、血に直面して見ている幻想に近いものなのだろう。



 ——私を信じろ。



 まだ声が聞こえる。自分の思考を続行できる。



 ——言ったじゃないか、キミは……だと。



 重要な部分が聞き取れないのは、きっと僕の意識が薄れてきているか、その単語自体を思い出せていないか、その二択だと直感的にわかった。




 ——そんな不安がらんでも大丈夫やって! ■■■なら絶対にいける!


 ——でも■■■は、こっちに来るべきでは無いな。


 ——■■■が唯一の希望だから。諦めないで? 諦めたら処刑だから。わかった?




 誰だい。君たちは。







「……! ……!」


 現実の音が聞こえてくる。先ほどの声は曇ったような聞き取れる声で、いかにも記憶の中の声というか、夢の中の会話に近いものだった。だからこそ、現実の声との違いがよくわかった。


「起きてよっ! ねぇ! オーヴェルが死んでどうするの……! ねぇ!」


 普段表情を崩さないロミィでも、これだけ声を荒げることがあるのだと静かに驚く。いちいちリアクションする力は残っていないし、肩の痛みで頭がおかしくなりそうだ。


 僕の肌にぽたぽたと、温もりのある雫が落ちる。そうか、ロミィは泣いているのか。安心させないと。


 返事をする力もないから、僅かに目を開けて見せた。


 暗がりの林から移動していないらしい。そこにロミィが駆け付けたのだろう。知らないけれど。どちらにせよ助かる確率が増えたのは嬉しいことだった。


「あ……!」


 僕が動いていることに気付いたロミィは涙を拭って、無表情と心配が混ざったような顔で僕の手当てをしてくれた。


「……」


 完全にいつもの冷静なロミィ、では無い。旅の仲間が死にかけたのだ、冷静でいられてもこっちが困惑する。


「……声は聞こえる?」


 返事をする手段を持たないわけでは無いが、できれば話しかけないでいてほしかった。けれどこれは彼女なりの心配で、その心配を払拭するために僕に聞いているのだ。答えないと、余計に心配するだろう。


「う、ん……」

「良かった……。ああ、動かないでね……」


 この状況で僕が自由に動き回れると思うか?


 僕が意識を失った時から場所は変わっていないが、ある程度体勢は変わっていた。今は地表に出た木の根の部分に頭を置いて、寝ているような感じ。


「……き、ずは?」

「カインが思った以上にポンコツだったから、魔法で治した。一応二人で」


 ぽ、ポンコツ? その話、詳しく聞きたい。聞きたいのに口を動かすだけの力が、無い。というか、魔法で治したのにどうしてまだ僕の肩は痛むんだ?


「カイン。回復魔法が使えないから……私が治した。代償は近くにあった死体で」


 僕が知りたかったことを丁寧に教えてくれた。これが以心伝心というやつだろうか。


 カインが回復魔法を使えないのは百歩譲ってまだわかるとして、一つだけわからないものがあった。死体? まだ生きていたはずだ。


 まさか……僕が?


「ここに来た時には生きてた……、でも魔法を使うってなったらカインが何の躊躇いも無く殺したから……。オーヴェルは殺してないよ」


 ひとまず安心だ。僕の罪じゃないことは本当に安心できるのだが。


「他の……、みんな、は?」

「アクレイは相変わらず行方不明、私はここ、サクヤは怪我人でも食べられる料理、カインは骨の処理」


 最後の情報だけはちょっと聞きたくなかった。一人だけやっていることが物騒なのだ。彼らと同じように、どこかに穴を掘って埋めているのだろうか。


「でも不思議なのは……カイン、スコップを持っていかずに骨だけ運んでた……」


 もうカインについては考えるだけ無駄な気がしてきた。

 回復魔法は使えない、人は簡単に殺す、骨を埋めるのにスコップを持って行かない。別に悪口を言っているわけでは無いが、常人では理解できないことが大半だ。回復魔法の件は置いておいて。


 ていうか、それより、何でこんなに肩が痛むんだ?


「あ、そうだ……。肩、痛むと思うけど力不足とかそういうのじゃなくて、多分……ヴェルが使用した魔法のせいだと思う」


 魔法のせい? あの《水鞠の札ウォータスキィ》のせいだと?


「杖とか、魔導書とかを無しに使うとたまに反撃を食らう……。特にああいう札系は」


 事前に言ってよ! ねぇ!


「それ、右腕全体が痛いんじゃない?」


 感覚を探ってみると、肩の部分に気を取られていただけで確かに右腕全体が痛い。


「持ってた腕とか関係なく、反撃を食らう場所は選べないから……気を付けた方がいい」


「終わったぞ、処理」


「おかえり、カイン」


 ちょうどカインも戻ってきたようだ。

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