第14話 不運を逆位置に (1)

 寝心地が悪くてその日は早くに目覚めてしまった。薄いシートがマットレスの代わりになるはずもなく、ぐっすりと寝られる状況ではなかった。


 サクヤとロミィがぐっすりと寝ている。ここにカインはいないし、もちろんのことアクレイもいなかった。けれどどうしてだろう、ここまで気分が悪いことは滅多に無いのに。


 アクレイのことをやはり、心のどこかで心配しているのだろうか。心配していない訳では無いが、どこまで気に留めていなかったというのが昨日までの現状だった。本当にどうしてだかわからない。けれど「失ったら怖い」という恐怖の種が植え付けられているようにも思えた。


 自分でもなかなか変な比喩をしたような気がする。けれど実際そうなのだ。根っこが深くて取り除けない、何か道具が無いと取り除けそうにない。道具になり替わる何かをずっと彷徨いながら探している。


 そうだ、当たり前すぎて気づいていなかった。カインがいない。火の番をすると言っていたが、一睡もしていないのだろうか? それはそれで心配だ。


 僕はゆっくり立ち上がり、温もりを捨ててテントを出た。


 藍色と青色、白さを交えた空。夜の闇と朝日が共存している。太陽のある方角の反対側には惑星リュヌが見える。その二つが浅いところにある。一つの空に二つが存在している。空気は冷たいが、それさえも清々しく思える。


 さて、カインはどこだろう。周囲を見渡す。木々、道、空。どこにも人影は無い。火があった場所にはもう、火はついていない。燃え尽きたような木と灰が残っているだけだった。


 木の陰になってわかりづらかったが、カインが木にもたれかかって、立ちながらすぅすぅと寝ていた。立って寝るくらいなら、テントに戻って横になればいいのに。


「カイン」

「………………んぅ? 朝か……寝てたな。悪い」


 ゆっくりと目を開いて、眠そうな声で返事をする。ずっと立ちっぱなしだったのだろうか、伸びをして目を擦る。


「テントに戻って寝ればよかったのに」

「良いんだ。火の番をすると言った癖にテントで堂々と寝ていたら……ちょっと恥ずかしいだろう」

「そんなこと気にしなくてもいいのに……」


 カインは無言で動き出した。どうやら朝食の準備をするらしい……と思ったら、自分の鞄から顔と同じくらいのサイズのナイフを取り出した。


「それで何をするの?」

「朝の食事が昨日と同じなんて嫌だろ? 食材を取りに行くんだ」

「どこに……何を?」

「林に、肉か山菜を」


 要は、彼女は狩りをすると言っているのか? 確かに昨日と同じ食事だと他の人達から不満の声が出るかもしれない。というか絶対に誰かは言う。どこかの誰かが絶対に。


「どうする? 来るか?」


 片手でナイフを回しながら僕に問う。正直僕は寝起きで動きたくないし、怪我もしたくない。そしてあまり気乗りしなかった。


「……行きたくない、と。顔に出ているぞ」

「そ、そ、そんなことないよ」

「まぁいいさ。一人で狩りぐらいできる」


 彼女がそのまま林の中に入っていく。五歩くらい入った後にこちらを振り返り、そのまま戻ってきた。彼女は何をやりたいんだ。


「万が一のことを考えて、これを持っておけ」


 ポケットから出したのは一枚のカードだった。両面同じ柄で、金色の淵で中に複雑な曲線が複数描かれている。空いた空間は光の当て方によって揺らめく水色。点対象になっているらしく、その綺麗さにしばらく見とれていた。


「魔法道具の一種だ。《水鞠の札ウォータスキィ》数回使ったら壊れるが、そんな大事は起きないだろうし大丈夫だろう」


「これって何ができるの?」


「自分の身を護ったり、相手を攻撃したり、方法は様々だが役に立つ。使い方など無い、いざとなればカード自体が勝手に動くさ。じゃあな」


 僕の返事を待つことなく、迷いなく林の中に入っていった。

 早朝に僕とカードと寝ている人二人。拠点に残された。


 流石に何もしない訳にはいかない。とりあえず僕は細い枝を集めて焚火の材料にしようと考えた。昨日の内にほとんど回収されたらしく、付近には枝一本も残っていない。少し遠出する必要がありそうだ。


 あまり林の深いところには行きたくなかったから、拠点が見える範囲で動くことにした。万が一の時、彼らを巻き込みたくないが危険を知らせなければならない。そういう意味でも近くにいたかった。


 それでも枝は回収されている。昨日あの二人はどれだけ回収して、どれだけ使ったのだろう。次の日の分とか、考えなかったのだろうか。まぁ考えていなくともいいのだけれど。


 見つかっても数本で、十分な量じゃない。もっと、もっと多くを求めて深くに入っていく。少し奥の方に、と思っていたがいつのまにか深いところに入っていった。林に入りたくないからカインについていかなかったのに、結局自分から入ってしまう。


 テントもいつの間にか見えなくなっていた。はは、やらかしたかも。

 流石にこれ以上奥に入るのは危険だと判断して、来た方向を戻ろうとする。僕の感覚が合っていれば、多分こっちだったはず……。






「道に迷った……」


 嘘か誠か、見事に道に迷っていた。ここまで方向音痴だった自覚は無い。いや、記憶が無いのだから自覚が無くたっておかしくはないのだ。そんな冗談を考えられるほどの余裕はあるが、内心焦りまくっている。焦りしかない。


 枝は十分集まったが、そもそも拠点に帰れないのでは意味が無い。


 ガサガサガサッ……。


 近くの茂みで音がした。動物? カイン? 他の皆? 攻撃的な動物以外は大歓迎。恐る恐る僕はその茂みに近づいて、様子を見る。まだ音が聞こえると思ったら、それは会話だった。


 若い男性の声が二つ、スコップか何かで掘っているような音も聞こえる。こんな中途半端な場所にある林で何を?


「あれだろ? 《想封街デルリム》で吸血鬼が出たって話」


 吸血鬼⁉ アクレイか⁉


「ああ、聞いたぞ。オークションで買われてから、周辺の街に吸血鬼ハンターがうじゃうじゃいるらしいじゃないか。たまったもんじゃねぇな」


「俺らの仕事の邪魔だな、ハハッ……。まぁでもいいじゃねぇか。吸血鬼に気を取られて俺らの仕事が目立たなくなるんだからよぉ……」


「そりゃあそうだけどよ。……買った奴もちゃんと管理しろって話だ。リードでも付けときゃいいのに、野放しなんてな」


 早まる鼓動。アクレイが《想封街デルリム》にいるなら好都合だ。これから先そちらに向かうのだから、きっと出会える。


 一番近くの街にいたということは、やはり吸血がしたかったのではないだろうか。顔見知りを襲撃するのは気が引けるとかそんな理由で、街に行ったとしたら、アクレイはピンチかもしれない。


 吸血鬼ハンターの実力を知らないが、捕まったら大変なことになるということくらいはわかる。早くこのことを伝えて《想封街デルリム》に向かわなければ。


「……んで、盗み聞きをしているのはどこのネズミだ」


 見つかった……?


「近くにいんだろ、土の下で眠りたくなかったら出てきな」

「……っ」


 僕は仕方なく指示に従う。隠れていた木から姿を現すと二人が何をやっていたかがわかってしまった。吐き気がする、彼らは死体を埋めていた。言わなくてもわかるだろう、人間の死体を。


「若いガキだな。どうだ、死にたくないだろ? 持ってる物全部出せ」


 持っている物も何も枝くらいしかない。あとはカインからもらった札くらいしか……。


「おら、さっさとしろ。この借金を踏み倒して息をしなくなった男みたいになりたいのか?」


 死体のことだろう。そんな事情があったなんて気にする暇もない。

 考えないと、考えないと殺される。札が勝手に護ってくれると言っていたが、そんな気配は全くない。カインは僕に欠陥品を渡したのか⁉ あとで文句言ってやる!


 ……とまぁ、自分の立場を全く理解していないのは重々承知の上。これだけ脳が働いても、足は恐怖に纏わり憑かれて一歩も動かせやしない。


「……じゃあな、ガキ。不運を呪え」


 一人の男が僕に向かってシャベルを振り下ろした。

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