第13話 喉の渇き


 時は戻り、別荘という名の空き家にて。深夜。


 アクレイは寝たふりをしていた。何故か自分の部屋にロミィが覗きに来たことを除けば、特にトラブルは無かったと思う。すぐにどこかに行ったところを見るに、ロミィはきっと騙された。


 部屋の中にある時計が午前二時を指し示す。棺桶なんかじゃなくても、俺なら寝られる。けれど今日ばかりは寝ていられる日じゃなかった。


 力を抜くと手が震える。徐々に八重歯が伸びていることも実感し、挙句の果てには枕を吹き飛ばして翼が生えてきた。俺は吸血鬼、生まれた時から決まっている運命に抗う心臓無し。


 皮肉にも笑えてきて、思わず声が漏れてしまう。こんな深夜に起きている人はいないだろうから、それほど気にしていなかった。


 何故こんな時間に起きたか、理由は単純だった。




 血が足りない。喉が渇いた。




 主食が血だとか、そんな非効率な化け物ではない。それでも定期的に血を欲する、それが吸血鬼。心臓が奪われたことで血を欲す頻度も他の奴に比べれば、かなり低いはずだがタイミングが悪かった。


 クェッティ一族の罠に嵌って、あのままオークションに売り出されるなんて……。


 思い出せば腹が立つ。時を待たずとしても滅ぶ種族を、種族同士で蹴散らしている。生命の繁栄なんてものに興味は無い、自分たちが最高の状態で生きていれば何でもいいような奴らにまんまとやられたのだ。


 血が足りないから能力も使えないし、姿を調節するのも難しくなってきている。早く血を飲まないと、生死に係る。だから手っ取り早く、血を、血を。


 アクレイは足音を立てずに、寝室と言われ与えられた部屋を後にする。


 誰の血を吸おう。オーヴェル? ロミィ? カイン? サクヤ?


 ロミィとカインは論外。カインに至っては不味そう。異世界の人間の血も気になるが、カインに強く当たっていたところを見るに、後が面倒臭そう。となると記憶喪失のオーヴェルしか残っていないのだが……。


「吸えないよな……。わかってはいたけども」


 気が引ける。俺が今まで人間に躊躇したことがあったか⁉ 人間なんか……人間なんか……。


 いつの間にかオーヴェルの部屋にいた。考え事をしながら廊下を歩いていたせいで視界に意識がいっていなかったのだろう。……そして、すぅすぅと寝息をたてるオーヴェルを目の前にして、気が狂いそうだった。


「はぁ……」


 自分に対するため息。隠すことが得意だとしても、これではもう……。


 覚悟を決めるしかなかった。近くの街に行って、血を補給するしか他に方法は無い。その分捕まるリスクもあるが、生きるためだ、仕方がない。


 一階に降りる。血の跡が壁にこびりついているが、どれも乾いてしまって、飲むという動作はできない。それに飲みたくない。本当に飲みたくない。


 ここから一番近い街は《想封街デルリム》だったはず。おおよその地図は頭の中に入っているし、道に迷うこともなさそうだ。多少無理をしたら一晩で向こうに着けるだろう。朝方になってしまうのはどうしようもないことだ。騒ぎが大きくなるが、逃げればいい話。


 アクレイという吸血鬼にとって日の光など敵じゃない。


 外に出たアクレイは自らの翼を使って、夜空に飛び立った。






 飛びながら日の出を見た。街の目の前まで迫ってきている。順調と言えば順調だし、ためらっている暇があったら出発しておけばよかったと後悔している。


 人気の無い街の手前側で降りて、翼をしまう。この動作すら辛いのだが耐えるしかない。


 そのまま何食わぬ顔で門を通り、街中へ入る。自分の目には風景など何も映っていない。食料を、血を、ただ欲しているだけ。それ以外のものに興味は無い。


 内心そんなことで暴れているが、表面から見たら表情を変えず歩いている青年にしか見えないだろう。そうやって今までもやってこれたんだから。


 目に着けたのは裏路地で不安そうな顔をしている若い男性。痩せ型で筋肉もそこまで無いように思える。良い獲物。

 足音を立てずに普通の歩くスピードで近づいていく。男もそのまま裏路地のより深いところまで入っていく。あと数歩踏み出せば触れられる、というところまで来た時……。



「愚か者め」



 突然目の前の男から発せられた声に驚く暇もなく、銃口を突き付ける。


「……何の真似ですか?」


「銀の弾丸だ、貴様が吸血鬼であることはわかっている。今更しらばっくれるな」


 別に銀の弾丸が苦手というワケでは無いが、普通に銃で撃たれた傷は痛い。そしてバレてることからこの男は吸血鬼ハンターだろう。しかしどうして……?


「吸血鬼がオークションで売買されたという情報を聞きつけた。近隣の街には吸血鬼ハンターがうじゃうじゃ居るさ、ハハハ」


 吸血鬼の纏う独特なオーラでも感じ取ったのか、目利きがオークションに参加していてその情報を流したか。可能性はいくらでもあるし、どこから情報が広まってもおかしくは無かった。やっぱりそうだ、血が少なくなると思考力までも弱まるんだ。


「それで? その弾丸で殺す?」

「いやあ、こんなもので殺すなんて華が無いですなぁ。ね? 皆さん」


 皆さん⁉ 辺りを素早く見回すと、聖職者のような服装の人が自分を囲んでいた。


「そういえば吸血鬼のお兄さん、お名前は?」


 若い聖職者のお姉さんが問う。そんな質問に答えるわけないと、アクレイは黙る。


「そうですか……残念です。殺し方が決まってしまいましたね!」

「そうですな、最高に華がある処刑方法ですな!」


 意図せずとも息を呑む。


「磔にして、そのまま燃やしてしまいましょう! いっそ日に当たって灰になるのもいいでしょう!」











 ……。


 目隠しをされて、全身を縛られて、硬い床の上に投げられた。話し声を聞いている限りでは、二日後の昼にソレが始まるらしい。


 今が何時なのかとか、上がどうなっているのだとか、自分自身がどういう状況に置かれているか、想像はつくが考えたくない。


 ていうか、俺ってこんな吸血鬼だったっけ……? 根本を疑う思考が何故か脳裏をよぎる。ただ理想が高いだけなのか、プライドの僅かな抵抗か、どちらにせよ、本当に自分はこんなにあっさり捕まるような吸血鬼じゃなかったはずだ。


 何をもってそう言えるのかよくわからないけれど、思っている本人もそうだけど。何かが違うと思うのは、俺だけ?


 不思議と死ぬ恐怖は無かった。とっくの昔に諦めていたからか、今死のうが後死のうがどうでもいいとまで思える。


 自分が死ぬということ以外の嫌な予感はしている。彼らだ、オーヴェルをはじめとする彼ら。何をしでかすかわからないカイン、どこかのお嬢様のロミィ、異世界転移者のサクヤ、何も情報が無いオーヴェル……。


 ここから《骸狂帝国レフローディ》に行くなら、一番近い街だから、と絶対にここを通るはずだ。そして移動手段を徒歩以外持たない彼らは二日ほどでここに着く。つまり……。




 俺が処刑される時間に彼らがこの街にいてもおかしくない。




 出会って二日、三日ほどの他人を助けようとするだろうか。しないと信じたいが、異常者が多すぎる。異常者が…………多すぎる。


 来るな、お前らは来るな。


 吸血鬼としての屈辱、プライド、死ぬ瞬間を奴らに見られる。それが心の底から嫌だった。


 聖職者もこの街にいる。変なことをしたら異教徒としてカインだって狙われる。そうなればカインの連れも狙われて……いや、そんなことを考えるのは自分らしくない。


 ひとまず、彼らがこの街に来ないことを祈りながら冷たい床の上で寝るのだ。








 そう願ってからどれぐらい経ったかわからないときに、違和感が全身を襲う。


 ぞわぞわとするこの感覚は探知魔法を使われているときだ。何度か使用されたことがあるから知っている。では一体だれが?


 街の人間は俺がここにいることを確認したらいい話だろう。前も見えない状況で、体が動いていないことも自分でわかる。だからきっと街の人ではない。となれば、夜中の内に行方不明となった俺を探す人物……。


 カイン……。またはその一行。ロミィも魔法が使えたはずだ、才能はあったはず。じゃあロミィかカインの二択となった。


「……」



 口も布で覆われているため喋れないが、ため息をついた。

 どうせ、アイツらはここに来る。

 思い通りにいかないな……。




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