第12話 想封街へ (3)

 ご飯を作る、とは言ったが実際作ったものはスープだけだった。鍋に水と芋を入れて沸騰させて、そこから野菜を数種類入れていく。味付けは簡単に塩だけで、野菜の旨味が感じられるものだ。


 その日の夕食は芋と野菜のスープ、硬いパン、干した肉。美味いとも不味いとも言えない、旅にもってこいの日持ちする品を使用した食事。


 スープは温かくて、塩も効いていて美味しかった。これに硬いパンを浸して食べると、柔らかくなって食べやすくなる。カインは「硬いパンの方が美味い」と言ってはスープに浸そうとしない。意地っ張り?


 ロミィとサクヤは大人しくパンをスープに浸して食べている。


「なんか……美味いとも不味いとも言えへん味やな」


 皆が言わなかったことを言ってしまった。その発言に少し嫌な汗が額を伝う。


「そうね……、微妙」

「食文化も違えば旅の食事だしな、文句を言われても次の街にたどり着くまでの我慢だとしか言えない。まだこれでもマシな方だぞ?」


 口に出すほどの不満でもなかったので、僕はその会話には参加しないようにしていた。突っかかることも特にないし、それなりの味だし、不満は無い。


 こうやって会話に参加しようとせず、空気になろうとするのは記憶を失う前も同じだったのではと考える。


 本質だけは変わらず、リセットされても僕は僕。抜け出すことのない器。

 自分とは何か、記憶は一体どうなったのか。それについて深く考えようとすると、やめろ、と言わんばかりの頭痛が僕を押し留める。


 目の前の食事に、集中するほかなさそうだ。





 皆が食べ終わった後、「おいしかったー」などという声もなく、黙々と片づけを行っていた。喋っていないから息苦しい、というものは無くもうそれが当たり前だと思える。


 それぞれがやることを終わらせ、就寝時間となる。正確に決まっているわけでは無いが、体力面と睡魔が襲ってきたため、それで判断しただけである。


「火の番は私がやる。何も気にせず寝ておけ」

「でもそれだとカインが寝れないんじゃ?」


 僕がすかさず言葉を返すと、カインはばつが悪そうな顔をして答えた。


「私は大丈夫だ。お前らは寝ろ」

「んじゃ寝まーす! おやすみ」


 サクヤはスタスタとその場を去ってテントの中に行ってしまった。それについていくように、小声で「おやすみ」と言ったロミィもテントの中に。


「あとはお前だけだ、オーヴェル」


 目線で「寝ろ」と強く言われているような気がする。徐々に不満も溜まってきているのか、足で一定のリズムを刻みだした。かなり早いテンポで。


「あ、アクレイは大丈夫かな……?」


 話を逸らすようにアクレイの話題を出した。こうやって誘導すれば、多少なりとも乗ってくれると信じている。


「どうだろうな。これだけは予想できない。生きていれば良いと願うばかりだ」

「そう……」


 彼のことを考えると不安が込み上げてくる。時間が経てば経つほど、その感情は増していくような気がして、余計に苦しかった。どうしてろくに知りもしない人のことで、ここまで不安になるんだろう。


「この世界じゃ、吸血鬼は忌み嫌われている」


 突然何を言い出すかと思ったら、彼の種族のことだった。


「そうなの?」


「血を吸って、病を流行らせ、時には家畜を襲う。そんな化け物が好かれると思うか?」

「……思わない、けど。アクレイがそういうことをする人とは限らないでしょ?」


 カインが地面に寝転んで、夜空を見上げる。


「……何とも言えないな。現存する吸血鬼は二種類いる。トーカー一族と、クェッティ一族。これ以外の吸血鬼はいない。全員殺されたからな」


「アクレイは、トーカー一族?」


「ああ、そうだ。彼の苗字はレルトーカー、本家であるトーカー家から分かれて、レルトーカー家になったんだろう。結論、彼は分家の人間だ」


 本家や分家など、難しい話になってきて困惑する。そんな僕を置いて行くようにカインは話し続ける。


「あそこも家が複雑だからなぁ……、正直あそこは遺産相続とか当主問題が面倒臭い。あとまぁ……、本人の問題も難しいな」


 難しいばかりで頭がショートしそうだった。カインが寝転んでいるのに合わせて、僕も草原に寝転んで夜空を眺める。


「いくら二種類の吸血鬼一族がいても、その数は少ない。そして、年々吸血鬼を滅ぼそうとする人々は増えている。もし村などに行って捕まっていたら、そのまま処刑されるだろう」



「処刑⁉」



 夜なのにも関わらず大声を出してしまい、僕は両手で口を塞ぐ。こんなことをしても意味は無いが、どうしてだか反射でやってしまう。


「そのまま縄で縛られて斬首か、井戸の底に落とされて日に当たり灰になるのを待たれるか、公開処刑で首吊りか、火炙りの刑か……。アクレイは日に当たって灰にならないから、その点心配ないが、それ以外は普通に死ぬだろう。実際、他の吸血鬼と比べれば身体が弱いからな」


「それは……心臓が無いのと関係していたりする?」


「そうだ、正にそうだ。アクレイはかなりのイレギュラー、他の吸血鬼とは違う性質を持っている。何があってああなるんだか……私にもわからない。それぐらいアクレイは謎だ」


「カインにもわからないことってあるんだ……」


「全知全能じゃない。わからないから面白い。人間らしさを存分に楽しみながら生きているんだよ、私は」


 人間らしさを楽しんでいるのに、どうしてあそこまで人間的な考えや感情の察しがつかないのだろう。自分は人間だと決めつけている、意思を持った生物と何ら変わりないと思ってしまった。よくよく考えれば、これはとても失礼なことだった。


「アクレイを助けつつ、サクヤの友人も助けないとね……」


「……恐らく、ヴェルの問題だけでなく他の人の問題も解決することになるだろう。途中離脱も歓迎だが、最後までついてきてくれると嬉しい。まぁその時々にもよるけどな」


「楽しかったらいいよ」


 そんな言葉を脳裏に浮かべた記憶は無い。勝手に口から出ていったのだ。


「楽しいの代償が命かもしれないのに、よく言えるな。世間知らずめ」


 そう言いつつ彼女は笑っていた。それにつられて口も緩くなる。


「そういうカインは人間知らずだね」


「あ?」


「ナンデモナイデス」


「余計なことを喋ってる暇があったら早く寝ろ。火の番は譲らんからな」



 はーい。

 僕は十分な時間が稼げたと思ってすぐにテントに戻った。その頃には二人とも寝ていて、僕は起こさぬようにそのまま寝た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る