第11話 想封街へ (2)

 家を出ておおよそ一時間がたったあたりだろうか。


 目に見える景色が変わった。くるぶし辺りの長さまで成長した草が一面を覆いつくす草原をようやく出たのだ。舗装はされていないが、馬車が通れそうなくらいの幅の草の生えていない道を歩いている。


 その道を外れるとまた生い茂る草原なのだが、道があるのとないのでは大きな違いがある。余計な体力を消耗しなくてもいいことから、はやり道を歩きたがるのだ。


 空模様も変わっていた。夕焼けは燃え尽きて、暗闇と静寂が辺りを包む。唯一の明かりは夜を静かに照らす惑星と、小さな輝きを放つ星々だけ。十分な光とも言えないので足元は暗く、時々ある石などに躓く。そしてカインは二回転んだ。


 一本道は気が遠くなる。どこまで続くかわからない長い道。知らないからこそ不安で、序盤なのにもう気が滅入ってしまう。


 僕が周りの人たちをきょろきょろと見る。安心が欲しかった。


 ロミィは何食わぬ顔でスタスタと歩いている。感情が表に出ないタイプの人間なのか、いやきっとそうだろう。今まで休憩を挟んでおらず、それなりのペースで歩いているがここまですまし顔でいられる人はそうそういないだろう。


 アクレイは……そうだ、彼はいなかった。何か寂しいような、どうでもいいような。


 一方サクヤはルンルン気分で歩いていた。旅行に行くのを楽しみにしている少年のように、外から見てもわくわく感が溢れ出ている。自分が生きていた世界と全く違う世界なら、行く先すべてが旅行先みたいなものだ。


 僕も同様に疲れてはいるものの、期待の感情は溢れて世界を明るくしている。リセットされた脳みそには見るもの全てが新しくて、良い刺激になると歓迎している。


「お腹空いたなー。カイン、そろそろ野宿するところ決めへん?」


 家の中で二回食事を取った。夜はこれから、夜ご飯もこれから。


 食事といっても、あの家で食べたものは硬いパンと野菜のスープくらいで、栄養満点のしっかりとした食事とは言えない。腹に溜まれば何でもいいと、普段からカインは思っているようだ。


 野宿先で食べられるものには期待するなと、口酸っぱく何度もカインに言われた。それだけカインが過酷な旅生活を強いられて、祖国から逃げてきたことが気迫だけでわかる。


 そんな彼女は「自分自身だけなら粗悪なものでも食うが、他人、顔見知り、友人、親友とまでなればそんな雑なことはできない」とハッキリと告げて誰よりも食料品を気にかけていた。


 そんな彼女の荷物は重く、小さな身体では中々苦しいものがあるらしい。それほど暑い気候でもないのに、彼女だけが汗だくだった。


「もう少し進んでおいた方が、明日宿に泊まれる確率が上がるぞ。それでもここで野宿するか?」


 汗だくで一番疲れているはずなのに、声だけはいつもと同じで余裕を持っている。その余裕を体力の方に回せたら、もう少し上手に生きられるのに。


 あー、と納得したような、諦めたのかわからない生返事をして、誰も立ち止まらなかった。明日のために今日を努力しようという考えで全会一致しているらしい。野宿は必要最低限にしておきたいし、結局のところそれに僕も賛成だったから無言の肯定がその場の空気を満たしていた。


「そういえばロミィ、傷はどうなった」


 アクレイを探すときに自らの血を代償にして魔法を使ったロミィを、心配するカインの声。そこまで深い傷では無いと思うが、それなりに痛いものだろう。


「別に。自分で治療ぐらいした……」


 その気遣いを不快だとも言わんばかりの低い声で返事をする。

 よくよく見てみれば、ロミィの左腕には少し血の滲んだ包帯が巻かれていた。いつの間に治療したのだろう、全然気が付かなかった。


「そうか。悪化したらすぐ言え?」

「……」





 しばらく黙ったままで歩き続けた。あれからどれぐらい経ったのだろう。


 汗だくになったカインがちょうどいい木陰に荷物を下ろして、「休む」と一言告げた。僕らの身体も悲鳴を上げていて、空腹との戦いだったので正直、座って休めることは本当に嬉しいことだった。


 たった一人だけ汗をかいて、ぼたぼたと額をつたわす。カインが簡易的なテントを張ろうとしているのを見て、僕はすぐに声をかけた。何を言うでもなく「ありがとう」と言ってテント設営は瞬く間に終わった。


 その間ロミィとサクヤは食事の準備を黙々と進めていく。包帯を緩めたロミィが微量な血を使って、魔法で火をつける。それにサクヤが感心して、目を輝かせて話を聞いているようだった。


「何を見ているんだ?」


 作業の手が止まっていた僕にカインが話しかけてくる。僕の見ていた方向と同じ方を見て、不思議を抱えて僕と向こうを交互に見始めた。


「楽しそうだなって」


 ありのままを伝えたつもりだった。しかし、どこか人間的な要素が欠けているカインにはピンと来なかったよう。


「楽しそう……か。そう思えるのなら、それでいいさ」


「カインはそう思えない?」


「思えない。これからどんな悲劇が訪れるかわからないのに、あれだけ呑気に過ごしていられるのが不思議でたまらない」


 そういえば、カインは魔法を自由に使うために神様と身体を共有していると言っていた。どういう経緯をもってそうなったかは知らないが、そういうところから人間離れした思考をするのかもしれない。


 けれど彼女が言っていることは、神様がどうという話ではないような気がした。

 結局は彼女、臆病者なだけではないか?


「逆に言えば、どんな嬉しいこと楽しいことがあるかわからないのに、もう人生を捨ててるってことだと……あー、えっとー……うん」


 締めの言葉が思いつかなくて口ごもる。もう少し頭が回れば、カッコイイ台詞を言いきれたのに。悔しさに浸る。


「そういう感情と未来への期待を、君たちのように抱けたらいいのだが」


 そう言う彼女は遠くの一番光る大きな惑星を見ていた。


「あれは?」


「惑星リュヌ、美しいだろう?」


「うん、すごくきれい」


 初めて見たわけでは無いはずだ。それでも雲の無い夜空に浮かぶ惑星は美しい。


「あれには色々と逸話がある。もちろん、事実もあるがな。その中でも特段面白いものがあってだな、聞け」


 向こうは集めた木や草に火がつかなくて悪戦苦闘している、僕らの担当はいち早く終わったのだ。少しくらい聞いていてもいいだろう。


「惑星リュヌでは二百年に一回、星を守る儀式とやらが行われていて、それに全く関係のない異世界に影響を及ぼすらしい。その二百年周期がつい最近だとしたら……面白くないか?」


 彼女の言いたいことは十分にわかった。サクヤとユキナがその儀式に巻き込まれて、こちら側に来たということを遠回しに示したいのだろう。


「まぁ面白い面白くないの話で、根拠のない噂だ。そうであれば複雑でより興味深く面白い、というだけだ。共有しても良いことはない」


 それ以上は何も語らず、お互いが黙って火の様子を遠目に眺めていた。ようやく安定して火が燃えてきたかと思うと、休んでいる僕らに気付きサクヤが手を振った。


「早くご飯作ろーや! ほらはよせい!」


 全力の呼びかけに応じないはずもなく、僕はへとへとに疲れ切っていた足を無理やり動かして、彼の元へ向かった。それにゆっくりついていくカインを視界の恥に捉えながら、その日の夕食を心待ちにしていた。





「上出来だな。サクヤは素人だろう? ロミィもそうだが、上手いじゃないか」


 カインが作り上げられた簡易的な焚火を見て感心し、褒めている。


「よくキャンプとかやるから、そういうのには詳しいんよ」

「そうかそうか、こういう形で役に立って良かったな」


 どこか他人事のように褒めている。恐らく上辺だけで褒めている、カインの作り笑いは珍しい。まぁそもそも作り笑いとも断定できない。子供が楽しそうに遊んでいる様子を見て微笑んでいる母親のようにも見えるからだ。



「それじゃあ、ご飯を作っていこうか。みんな」

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