第8話 僕の記憶を (2)
カタカタカタ……と、空になったティーカップの数々が僅かに揺れる。初めこそ不気味だったが、それはすぐに払拭されることになる。
『
バリンッ……。テーブルの上で粉々になってしまった。細かい破片が指を傷つけそうで、触りたくはない。
「私の場合は信仰だ。魔法使い全体の一割くらいが私と同族だな」
「じゃ、じゃあ……信仰しているから魔法が無限に使えるの?」
僕の問いに、カインは作り笑顔で返事をする。
「ああ、そうだ。理論上は無限に使えるさ」
「理論上?」
「結局のところ、神を信じて魔法を使ったって身体への負担が大きいのは一緒だ。『神の力を借りる』場合は、全く負荷がかからない時とかかるときの差が大きく、修復するまでにかなりの時間がかかる。それが面倒なので私は借りていない、一般的では無いが、もう一つの方法で魔法を使っている」
僕が思ったことを発言する前に、アクレイが食い気味に反応した。
「え? カインお前……」
「言葉を失っているところ悪いが、思っていることで合っていると思うぞ。もう一つの方法、それは『神と身体を共有する』ことだ。この場合、常に大きな負担がかかっているが差で身が亡びることは無い。その分、意志が複数あったりして脳内が騒がしい。最初の内は辛いが、慣れたらそうでもないぞ」
肉や生命は文字通り、命を犠牲にして魔法を使ったり使われたりする。
信仰は複雑で、『神の力を借りる』場合と『神と身体を共有する』場合の二種類がある。
急な情報量の多さに眩暈がしてきそうだ。
「自分以外の生贄、つまり肉を使用するのが一般的だ。というか、それ以外の方法を使って魔法を使用する奴は馬鹿だと思われている。つまり私は馬鹿だ」
僕とサクヤ以外の人たちは目に見えて分かるほど、カインに対して引いていた。それほど人道的な魔法の使い方じゃないのだろうか。僕にはそこまで引かれているカインが可哀想だと思いながら、本当に馬鹿なんだなと頭のどこかで思っていた。
そもそも魔法で戦うなんて一般的じゃないしなぁ……とカインが小声で呟く。《
「他人に対して魔法を使う際は、もう少し細かい説明をしなければ理解を得られないだろうが、これ以上この痛い視線を向けられるのも嫌なものでな。代償がいるから魔法で記憶を取り戻すことは難しい、と一旦納得してくれないか?」
納得することはできないが、中々に物騒な話をされたせいで怯えるしかない。
「まぁ……それなら、仕方ないと思う……よ。うん」
「よし! 納得してくれたところで名付けと行こうじゃないか!」
「え?」
他の人は頷いていた、どこから取って来たかもわからない紙に字を書いていたりと、乗り気であるように見えた。
そんな子犬に名前を付ける感覚で言われましても……。
「髪色、瞳の色……材料が少ない」
ロミィにそんなことを言われる。記憶が無いのだから、材料が少ないと言われてもどうすることもできない。馬鹿か?
「あ、なんかさ、思い出せる景色とか、色とかないん?」
「えぇ……」
サクヤもいつの間にか乗り気で、僕に材料を求めてくる。
思い出せるモノ、と言われても何も思い出せないのが記憶喪失だ。そこに確かに大切で、重要な温かい記憶があったはずなのに、真っ白または真っ黒で、何もない。予想以上に僕の心を絞める行動を、これ以上体験したくはない。
けれど、何か一つでもいいから無いかと探したときに、唯一脳の中に記録されていたのは夜明けだった。
「夜明け……」
「夜明け?」
サクヤがすぐに反応する。返って僕は焦ってしまう。
「どこで見たかとか、そういうのは覚えていないけれど、何となく、夜明けだなって」
僕は自分が思ったことをそのままで話す。ハッキリとした記憶では無いし、想像で作り出した景色かもしれない。でも手元には、夜明けしかない。
「シノノメ……いや、ここはこっちの文化に合わせて……そうやなー。ロミィ、ペンと紙を貸してくれ」
サクヤがそう指示するとロミィは何のためらいもなく、自分の持っている紙とペンを渡した。何か書きかけだったが、それを気に留める様子もなくサクヤが見たことのない文字を綴っていく。
「アカツキ……シノノメ、ここは英語か? ヨーロッパの方が良いかな……」
全く理解のできない単語がサクヤの口から次々と出てくる。途中から僕は、意味を汲み取ろうとする努力をやめた。
「ドイツ……、イギリスか? いや、フランス……、フランスやな。響きがええわ」
みんなの表情を見るに、彼らでもサクヤの言っていることは理解できていないらしい。
「オーヴ……、多少は弄った方がええかな。オーヴェル、なんてどうや?」
「オーヴェル……」
空っぽだった心が何かで満たされて温かい感情が湧き出してくる。何をやっても『人生で初めて』になる僕にとってそれは、僕自身を変えるきっかけにも成りえるものだった。
カインは何も言わずに立ち、別の部屋に行ってしまった。今の出来事の中で気を損ねるようなことは言ってないし、恐らく何か用事があったのだろう。
「オーヴェル、いいね」
「よっしゃ! じゃあ本当の名前を思い出すまではオーヴェルって呼んでええか?」
「うん、気に入ったし」
他の人たちも納得したのか、頷いたり、小声で「オーヴェル……」と呟いたりしている。
ちょうどそこにカインが戻ってくる。カインは右手に青緑色の丈の長い上着を持っていた。それを取りに行っていたのだと思うと少し安心した。
『
「え?」
カインを除く僕ら四人の周辺に複数の小さな魔法陣が、空に、床に、隣にと、あちこちに現れる。透明感のあるオレンジ色に近い黄色の魔法陣と、カインの眼の色はやはり一致していた。
魔法陣の中心からキラキラと輝く靄が出たと思うと、それが素早く動き、僕らの身の回りをグルグルと廻っていく。三十秒ほど廻ったかと思うと、それは床に落ちて、そのまま消えてしまった。
「カイン……。信仰句の『
ロミィが不安そうな目でカインを見つめながら問う。言われてみると、言っていない。なんなら、さっきの魔法、「オーヴェル」を最初に言っていた。
「ここに代償となる肉は無いな」
今日、何回彼女のニヤけ顔を見ればいいのだろう。
「命を削って、よくわからない魔法をかけたのね……。馬鹿?」
「言えない秘密しか無いんだ。教えることはできないが、君たちにとって良い効果のある魔法をかけておいたよ。いつか意味を知って、驚く顔が見たいものだ」
「はぁ……」
「あ、あの……オーヴェルって何ていう意味何ですか?」
カインは顎のあたりに手を置いて、数秒の間目をつぶった。そのまま彼女は言葉を発した。
「魔法言語での意味は『輪廻』だ。魔法を使うにおいて深い意味は無い。自らの名前と呪文が偶然一致したなんて、ちょっと嬉しいだろう?」
「へぇ……。それでも良い効果の魔法をかけてくれたのには違いはないですよね?」
僕が改めて問うと、アクレイが割り込むように発言する。
「まぁ、俺らのこと十億で買ったし、すぐに殺すなんてことはしないでしょ」
「その通りだ。絶対にどこかで役に立つ、良い魔法だよ。オリジナルのね」
この時の『オリジナル』という言葉の意味をよく理解せず、そのままスルーした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます