第6話 残酷な建国祭 (2)
「……とまぁ、泣かされた腹いせに脅してやったが大丈夫じゃなさそうだな。そのユキナとかいう人間が白髪美少女とは限らないのに、知っている前提で話して脅すのは楽しかったぞ」
ようやくいつもの調子に戻ったのか、ケラケラと笑みを見せながら話す。
「…………女子だよ」
「え?」
カインが聞き直したのも無理はない。近くに居る僕でさえ、ハッキリと聞き取れなかったのだから。
「白髪の、可愛い女子だよ。雪那は……」
「……」
可愛いと美人、の意味合いは、多少は違うだろう。けれどどちらにも、顔立ちが整ったという要素は含まれている。
「建国祭の話と儀式の話は事実だ。だが……」
「俺に諦めろって言うのか、今も雪那が怖い思いをして助けを待っているかもしれないのに?」
カインは他に思うところがあるのか、そのまま黙り込んで俯いた。時々左目周辺を触りながら、ブツブツと小声で何かを話している。
「反逆者として、大衆の前で殺されてもいいのなら、行こう。賛成の者は手を上げろ」
サクヤ以外の人は手を上げようとしない。親しい人のために死ぬ覚悟ができているサクヤはいいが、僕らにとっては他人のために死ぬという道を提示されただけだ。素直に手を上げることはできない。
「そういうものだよな。結局は自分の命が大事なんだ。わかったか、サクヤ」
「諦めろって言うんか……?」
涙を拭いながらカインに問う。
「私だって死にたくはない。死なないためにあの国を出たのだからな」
そうだ、カインは自分の祖国から逃げてきた身なのだ。そう簡単に戻れる身分じゃない。
「諦めろ、英雄願望は聞きたくない。自己犠牲の先にある正義なんて、悪意でしかない」
カインはハッキリとその現実を告げたのだ。雪那と呼ばれる少女の一件をあっさりと水に流し、次の話を進めようとする。
「さぁ、名無しくんと先ほどから呼ばれている青年、君に問う。思い出せそうか?」
僕は急に話を振られて吃驚する。まだ、サクヤの話が終わってないようで、不完全燃焼だと思っていたからだ。
「雪那の話はもう終わりってか、随分薄情者やな」
案の定サクヤは追求しようとする。当たり前だ、親しい人物の命がかかっているのだから、それぐらい必死にもなる。
「サクヤに聞いているんじゃない、彼に聞いているのだ」
「いいよ、いい。もういい。お前らなんてどうでもいい。俺一人でも助けに行くから」
そう言うとそのまま階段を下りようとする。それをカインが言葉で引き留めた。
「二億五千万で買われたのに、主人の言うことを聞かないのは流石にどうかと思うぞ」
すっかり忘れかけていた。僕らは自分の命をカインに買われたのだ。止まったままのサクヤに追い打ちをかけるように、言葉を放つ。
「もしあのまま他の人間に買われていたら、ユキナを助けるという希望さえも存在していなかったことになるな。私の祖国という情報も無く、ユキナの行方を知ることなく、いつのまにかユキナが残酷な姿で殺されていたかもな」
サクヤは拳を強く握って、俯いて、涙を堪えているように思えた。
「知っているか? 後悔というのは、自分もしくは他人が複数の言動を選択できた時、そして失敗した後に生まれるものだ。しておけばよかった、できたかもしれない、もしかしたら……とまぁ色々種類がある」
「だから何だよ、お前は俺に後悔させたいってか? 酷い嫌がらせやな」
「違う。今こうやってサクヤを言葉で引き留めているのは何故だと思う? 私が後悔したくないからだ。このまま行かせて野垂れ死なれたら困るからな」
「さっきから何が言いたいんだよ、黙れよ。いい加減にしろよ!」
緊迫した状況で思わず息を呑む。少し間をおいて、カインは続きを話す。
「つい数分前の状況でユキナを助けに行くとなったら、全責任は誰にあると思う? 考えなくても分かるよな、提案者だ。つまりサクヤ」
サクヤを指差すその右手は僅かに震えていた。
「それは諦めろ、奴隷の背負う責任の取り方なんて死以外無いからな。じゃあ結局お前は何が言いたい? そんな顔をしているな。笑えるな」
「……」
図星だったのか、黙り込んで睨むサクヤ。
「私が責任者で、私が指揮者で、私が君たちの生を保証しよう。それならユキナを救いに行ってもいいぞ」
「……マジで? 信じていいんか? ホンマに?」
「ああ。ユキナとかいう人間を生きて救い出せばいいのだろう? あと君たちが生きていればいいのだろう? 多少の痛みは我慢してくれ、それは勘弁してくれよな」
階段に向かって喋っていたのを、カインはくるっと百八十度回転してこちらを向く。
「君たちの問題も解決してあげるからさ、この数か月をサクヤのために使ってもいいかい? 君たちの時間と共に」
「どうせ嫌って言っても、金で買ったことを持ち出して逆らえなくする。だからどっちでもいい」
笑わないロミィ・アメリス。無関心、そんな言葉が似合う。
「その通り。逃がす気はさらさらない」
「僕も……どこかで記憶を取り戻せたらそれでいいかな」
名前も過去も人物も、空っぽの僕が選べる未来は数少ない。きっと一筋縄ではいかないのはわかりきっている。だったら少しくらい、時間を浪費してもいいとまで考えられるくらいには、落ち着いていた。
「えー、これ同意しないと駄目なの? 正直面倒臭い……」
アクレイは少々渋っているようだった。渋っている理由も大したことない。カインに無理矢理同意させられるのがオチだ。
「拒否権があると勘違いしている
「心臓、回収してくれる?」
アクレイは爽やかな笑みでカインに近づいて圧をかける。
「そこは、回収するの手伝ってくれる? だろ。どうせ祖国にも一つくらいあるだろうし、行って損は無いと思うぞ。確証は無いけどな」
「ん? 寂しいって? 仕方ないなぁー」
「こんなのを殴りたいと思うとは。私もまだまだ駄目人間だな」
ギスギスした空気は徐々に和んでいき、口数も多くなっていった。
僕はどこかで、こうやって喧嘩して再び仲良くなる、ということを見たことがあるように感じた。こんなこと、どんな劇でもありそうな出来事なのに、こうも懐かしく感じると調子が狂う。
こうやって僕も、喧嘩して、また仲良くなって、冗談を言い合ったのだろうか。そんな楽しい記憶も失ってしまっている。虚しくて、でも涙は出ない。
「あ、えっとー……」
サクヤが気まずそうな顔をして、それに気づいたカインと僕が階段を覗き込む。
「……じゃあ、俺は協力……っていうかえっと……ありがとうございます」
そう言ってサクヤは階段を上って、僕らの元へ戻る。
「というかまず、それをすることによって我々に何のメリットがあるかを提示してから話せ。そして出てくるであろう反論にも、しっかり根拠を持って反論しろ。出来ないのならば諦めるか、頭を下げるなり何なりしろ」
カインは本当に容赦がない人だと思った。身長も小さいが、人としての器も小さいのか。冗談だよ? 言わないけどね。
「……はい」
すっかりサクヤは反省モードに入っていた。
「こうやって丸く収まっているけれど、それならどうしてカインは泣いていたの? あれほど行きたくないって言っていたのに」
ロミィがそう問う。ギャン泣きしながら行きたくないと言っていた割には、いつものようにケロッとしているし、祖国へ行くことを簡単に決定した。そこに矛盾があることを、僕は薄々気づいていた。
「二度と失いたくないからに決まっているだろ」
「……それは、どういう意味で?」
ロミィが追及する。無表情には変わりないが、鋭い視線がカインに刺さっている。
「どういう意味も、何も。そのままの意味だ。祖国には嫌な思い出しかない、それに加え悪魔的な儀式を好む集団の拠点だ。私はそこで大切なモノを失っただけだ」
「そう……」
心に引っかかるものがあったのか、それ以上は追求しようとしない。ロミィなりの配慮か。
「まぁ……普通に強い言葉遣いで責められて怖かったんだよ」
「子供みたい……あっ」
心の中で思っていたことが口にそのまま出てしまった。僕は慌てて口を塞ぐ素振りをする。
「……」
酷く睨まれている。あああ、やってしまった。でもきっと許してくれるよね? ね?
「今回の発言は聞かなかったことにしよう、命拾いしたな」
ふとカインの方を見る。幼い顔立ちのくせに、やけに神妙な顔をしている。ロミィの無表情とは違う、感情のある無表情。寂しさ?
「早く本来の君たちに戻ってくれ、頼む」
その願いは切実に、本心で、僕らに対しての発言だった。サクヤに対してじゃない、彼を含めた僕らに対して。
その表情に涙が伝ってもおかしくは無い。
「え?」
思わずサクヤが問う。カインは数回、小さく首を横に振った。顔を上げた時には、強気の、少し綻んだ笑顔を見せてこう言った。
「何でもない。ほら、名無しくんの問題に取り掛かるぞ」
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