第4話 宿雪の自己紹介
「じゃあまず私から自己紹介しよう。カイン・レフローディ、年齢は知らない。出身地は……まぁ知らなくてもいいだろう、北の方にある土地だ。どこにでもいる魔法使いの端くれだよ」
どうして出身地をぼかしたのだろう。言いたくなければ、最初から出身地なんていう言葉、言わなければいいのに。きっとここで問い詰めても「言葉の綾だ」とか返すつもりなんだろうな、と自分の中の推測で疑問を潰す。
「相手の信頼を得たかったら、まずはもっと正確な情報を渡すべきちゃうか? 名前以外ろくな情報が無いやん」
「例えばどんな情報が知りたいんだ?」
追及に即座に反応する。僕がもし質問をされる立場だったら、どこかで言葉を詰まらせていたか、わざとらしく中途半端な返事を返すだろう。
「そうやな、んー……じゃあ、お前の持っているその紋章みたいなヤツについて教えてくれ」
紋章? 僕はすぐにカインの方を見た。長いローブで隠れた服の胸元に金属でできた紋章が確かにあった。
下地となるダイヤの形に、それに収まるような大きさの時計が真ん中にある。その左右には対称的になるように茨が配置されている。それらの下に、隠れるように描かれていたのはクロスした銃器と剣だった。
ダイヤの縁は濃い青色で塗られている。銃器と剣も現実に存在するような色で、丁寧に塗られていた。時計の針は黄金になっていて、それは五時を示している。
「……これについてか。どうして知りたい?」
「お前が教えない限りは俺も教えへんからな」
お互いが強気な態度を取っているため、話が進展しないのでは? という心配もしたが、その心配はすぐに無意味なものとなる。どちらかが引けば済む話だ。
「この衣類は盗んだものだ。詳しくは知らな……」
カインの言葉を遮って、少女が答える。
「知らないわけ、無いよね。レフローディさん」
少女は少女で何を知っているのだろう。苗字で反応したところとか、こうやってカインを言葉で追い詰められるところとか。裏で知り合いなのかもしれない。確かめる術は無いが。
「……」
カインはすっかり黙り込んでしまった。表情を変えることなく、時間が過ぎていく。
「言いたくないなら……言わなければいいんじゃないですか? まだ信頼するにも出会ってからそんなに経ってないし……」
僕は控えめにそう言った。実際こうしないと、この時間は動かないだろう。
「……紋章について尋ねた理由を聞きたい。場合によっては知っている限りの情報だって教えるし、協力することだってできる」
カインが絞り出したかのような声で呟いた。カイン自身、出来ればこれ以上探ってほしくないのだろう。可哀想に。助けないけど。
「俺の連れが、その紋章を持っていた奴らに連れ去られた」
「つまりは誘拐か。そうか、そうか。誘拐ね……」
急に声がいつも通りに戻り、態度が大きくなる。
カインはしばらく考える素振りをする。恐らくは、ちゃんと考えているのだろうけれど、その容姿のせいで賢ぶっているようにしか見えない。こんなことを言ったら本人に殴られるだろうけれど。
するとカインは急に顔を上げてニヤついた。忙しい人だなぁ。
「祖国の紋章だ。逃げてきたんだよ、自分の国からな。今は許可証無しでは国外に出られない。私は無理矢理出てきたから今頃、指名手配でもされているんじゃないかな」
「嘘つき……」
少女がとても小さな声でそう言ったのを、僕は確かにこの耳で聞いた。しかし、他の人たちはその声に気づいていないらしい。
「指名手配されているから、教えたくなかったと。ふーん」
「どんな罪であろうとも、隠したがるものだろう。犯罪者に買われたなんておもわれたくないからな。人間関係、初めの印象が重要なんだぞ」
そもそも人に人が買われるっていう事実自体認めたくなかった。けれど、カインが極悪人のようには見えない。見た目からして「私は貴族です」と言ってそうな自己主張が激しめの人に買われるよりは、まだマシだったのではないかと今となっては考える。
きっと、カインが自国を抜け出したのにも何か理由があるのだろう。それこそ戦争だとか、革命だとか、政治だとか、人が祖国を捨てる理由なんていくらでもある。
何かから逃げてきた、というカインに謎の親しみを覚えていた。どうしてだろう。
「時間はいくらでもあるし、後で問い詰めるか……。自己紹介の流れ、断ち切って悪かったな」
「悪かったと思うなら、次は君が自己紹介をする番だと思うが」
カインがそう言うと青年は立ち上がって、かなり大きな声で自己紹介を始めた。
「異世界のニホンっていう国から転移してきました!
コウノサキサクヤ。名前も変だし、異世界から来たらしい。納得できなくは無いけれど、すぐに信じられるかどうかを問われたらちょっと悩む。
どこが苗字で名前なのかわからなかったので、ひとまず無難な質問をしてみることにした。
「なんて呼べばいいかな……?」
「あー……できれば朔也って読んで欲しいなー。港ノ岬は苗字だから」
コウノサキが苗字で、サクヤが名前。異世界ともなると、順序も違うんだなぁと文化の違いを心から感じる。思い返せば、口調が何か変だったような気がしなくもない。
「よろしく、サクヤ」
「おう! よろしくなー」
サクヤが座ったと同時に立ち上がったのは、ヴァンパイアとカインに呼ばれていた青年だった。
「じゃあ次は俺かな」
彼は自分のズボンについた土や草を払ってから、自己紹介を始めた。
「アクレイ・レルトーカー。種族は吸血鬼。あー……三百年近く寝ていて正確な歳は覚えてないや。今は諸事情で吸血鬼としての力がほとんど無いから、安心して」
異世界からやって来た人もいれば、吸血鬼もいる。そんな世界に驚きの感情を失くしつつあった。
「次は……私? 私だね。ロミィ・アメリス。おしまい」
名前だけを言って簡潔に終わらす自己紹介も、個性があっていいなと思った。僕はあまり話したくないから、あれくらいの自己紹介でもいいかもしれない。
ロミィの名を聞いたとき、アクレイが少しだけ表情を変えた。さっきまではまだ笑みが残っていたが、今はもう無い。その理由を僕は知らない方が良いと思う。これ以上話をややこしくしたくない。
「最後はお前だ、自己紹介できるものならやってみろ」
カインがやけに真面目な顔でそう言う。うるさいな、僕だって自己紹介くらいできる。
「僕は……」
頭が真っ白になる。名前? 年齢? 出身地? 思い出す必要のない、あたりまえの情報が何一つとして出てこない。僕? 僕って何だ? 僕は誰だ? 名前、名前、名前……。
過去とか思い出の類が、エピソードとして残っていることに期待した。心のどこかで諦めていた僕が言うように、そんな記憶なんてものは存在しない。
オークションに出品されるより前の記憶が、全く無いのだ。僕を作り出す全ての情報が削除されてしまったかのように、空っぽだけが残された。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
無意識のうちに叫んで、血の気が引いていくのが確かにわかった。
ああ、人って、こんな風に気を失うんだな。
視界の全てが真っ白だった。雪みたいで綺麗だな……。
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